他愛ない話をたくさんしながら、海に向かって歩いていく。
さっきから磯の匂いがしてて、だんだん匂いが強くなってるからもえそろそろ着くはず!
やばーい!!海見えた!!テンションめっちゃ上がる!
つい興奮して走りだしちゃって、それを朔が追いかけてる。もともと猫で部屋にあるキャットタワーで遊びまくったせいか、ボクは結構足が早いらしい。もはや一人で爆走してる。
朔を置いていってること忘れるくらいボクは海に夢中で、だんだん青い海がしっかり見えてきてさらにテンションが上がる!
走って走って、ついに砂浜に着いた!!
青い海が眼前に広がっていて、空にはトンビがたくさん飛んでる!
ボクは早く海に行きたくって、走り出そうとしたけど不意に砂に足をとられて転んだ。
砂に顔がダイブして、小さな貝殻が顔に刺さりそうになる。
砂浜で転んだことすら面白くなってきちゃって、スニーカーの中に大量に入っている砂を取るために靴を脱いで、ひっくり返して砂を出す。
そういえば朔のこと置いていっちゃったな、とやっと思い出して、焦れったいけど朔を待つ。
走ってくる朔に手を振って、ひたすら急かす。
苦笑いしながら朔が走ってきた。でも全然息乱れてないし、本人が言うほど運動が出来ないわけじゃないんだろうな。
って、そんなことは今はいいの!今は海!!
実は服の下に水着を着てきていて、服を脱げばもう海に行けちゃうのだ。
ボクはもう待ちきれなくて、着ていた薄手のパーカーとTシャツ、七分丈のズボンをさっさと脱いで、朔が持ってきてくれたクロックスを履いて走りだした。
砂浜をなんとか転ばないように走って、波打ち際にたどり着く。
濡れた砂の上を歩き、波がやってくるのをワクワクしながら待つ。
ボクはすっかり楽しくなって、波が足首にかかるのを笑いながら眺めている。波って結構冷たいんだね、でも太陽はめっちゃ照ってるし、全然良い!!
朔も着替えたようだ。朔は上半身は水着は来ていなくて、パーカーを羽織っている。黒の半ズボンの水着を着てて、サンダルを履いてる。サンダルはすぐ砂が足につくらしく、ちょっと歩きにくそうだった。
朔もテンション上がってる!!
ボクらは波で遊んでいたんだけど、だんだん海の方に行きたくなって膝まで水に浸かった。
水を手でかけたら思いの外面白い反応をしてくれて、二人で水のかけ合いになった。二人とも全身が濡れて、口の中に海水が入ってしょっぱくなった。一つ一つが新鮮で面白くて、楽しかった。
楽しくなりすぎて、どんどん沖に向かって入っていく。水面の高さが腰になり、やがて胸のあたりまで水が来る。
でもボクは行ってみたいんだもん。朔の制止を無視して、もう少し沖の方まで進んでみる。水面は鎖骨のあたりまで高くなる。
朔がこちらに来ようとするが、流れのせいで上手く進めていない。
下手っぴだなあ、進むタイミングがあるんだよ?
ボクは駄々をこねる。今が楽しいときなのに、ここでやめたくない。
…まあ確かに、なんだか波が高くなって風も強くなってるけど。まあ大丈夫でしょ!
ボクは調子に乗って、もう少しだけ進んでみようとした、その時だった。
風は思ったより強くなっていて、沖の方では波の高さがどんどん高くなっていた。
現時点で首のあたりまで水に浸かっていたボクは、一際高い波に、のまれてしまった。
がぼっ、と口から酸素が逃げていく。代わりに海水が口の中に流れ込んできて、思わずむせるが水中では海水を出すことは不可能だ。さらに海水が口の中に入ってきて、一部が食道に、さらに一部が気管に入った。
あまりの苦しさに暴れてしまい、また酸素が逃げる。
…朔??
なにか聞こえたような気がするが、気が動転していることに加え水中ではよく聞こえなかった。暴れていると、水面が急に泡立った。朔の両手が水の中に入ってきて、ボクのことを抱え上げてくれた。
普段は全然力を使わない朔が、腕に血管が浮き出るほどの力でボクを引っ張りあげてくれる。その手が朔のものだと気づくと、ボクは急に安心した。
朔はなんとかボクを引き上げて、砂浜の方へ進んでいってくれているようだ。
ボクは安心しきって、急に視界が狭くなった。
あれ…目の前が、暗い。…あれ…?
朔…?
それがうっすらと聞こえたあと、ボクの意識は消えた。
一方朔は、なんとかるりを抱き抱えて砂浜にたどり着くことができた。
肩で息をしながら、るりを砂浜に寝かせる。
るりの意識はない。
朔は血の気が引いて、頭がクラっとするのが分かった。なんとか持ちこたえて、るりの肩を掴んで揺らす。
るりが小さくうめいた。
どうやら意識は戻りそうだ。そう判断した朔は、なんとか自分を落ち着けようと大きく呼吸しながらるりを揺らす。
どうしたらいいか分からないが、体を横にして背中を叩いてみる。
だがあまり変化はない。しかし、叩いたことでるりがうめいたので、なおも叩き続けてみる。
すると意識が少し戻り、るりが大きく咳き込んだ。
朔は少し安心して、るりの名前を呼びながら背中を叩く。
るりはうっすらと目を開ける。
まだ意識がはっきりしている訳ではないが、戻ってきたようだ。
るりは朔の名前を呼ぶ。
朔はボロボロ涙をこぼしながら、るりを見つめる。
るりは水はそんなに飲んでおらず、吐き出すことができたため大事には至らなかったようだ。
意識がはっきりしてきて、起き上がるところまで回復した。
朔はさらに激しく泣きながらるりを抱き締めた。るりは慰めるように背中を撫でる。
仕方ないな、と呟いて、るりは撫でるのをやめて朔を抱きしめる。あまり慣れていない、ぎこちない抱擁。朔はぎゅっとるりを抱きしめ返すのだった。
溺れたときのことはあんまり覚えてないんだ。朔が助けてくれて、めっちゃ泣いてたことは覚えてるんだけどね。
病院行こうってしつこく言われたけど、嫌だったから断った。面倒くさかったし、せっかくの休日がつぶれちゃうし。朔はボクの体の方が大事だって聞かなかったんだけど、ボクは無理やり断った。
…ちょっと意地悪なことしたんだ。また海の深いところまで行くふりをした。まあ朔はすごく焦って止めてきたから、そのままの流れで体を洗って着替えて、海は終わりにした。
それから、目当てだった海の見えるカフェに行った。海がメインになっちゃったけどね。
綺麗に海が見える最高のカフェを見つけておいてくれたから、そこに行ってゆっくりした。二人とも疲れきってたからね。
朔が店員さんを呼んで注文をしてくれる。
その朔の横顔をついじっと見てしまう。
朔はかなり顔がいい。本当にイケメンだ。
優しいし、性格もいい。
なんだろう、ドキドキする。急に朔の顔が見れなくなって、うつむいてしまう。
なんで?何なの、どうしてこんなに胸が痛いの?
全く大丈夫じゃない。
胸はドキドキしてるし、なぜか朔の顔が見れない。明らかにおかしいよ。
でもそのことを朔に言うのは…なんか恥ずかしい。
ボクはうつむいたまま、赤くなっている顔を見られないように返事をした。
そもそもなんで顔が赤くなってるんだ?それもおかしいじゃん。
すっかり忘れてた。何かを食べる気分じゃないけど、ボクが提案したんだし食べなくちゃ。
なんとか顔を上げて、オレンジジュースを朔から手渡してもらう。その時に指に触っちゃって、またドキドキする。ボク、おかしいぞ。体に触ることは何度もあったのに、これだけでドキドキするなんて。
半分に切り分けられたパンケーキをお皿にのせて、ボクの前に置いてくれる。メープルシロップが入った容器を手渡してきたので、今度はドキドキしないように受け取った。
…ちょっとドキドキしちゃったけど。
琥珀色のメープルシロップをかけて、ナイフとフォークを使って一口の大きさに切り分ける。ナイフを使うのもだいぶ慣れてきたかな。
フォークでメープルシロップがこぼれないように口に運ぶ。
うっっっま!!
何これ!!美味しすぎる!!
ボクは咀嚼してる間にもパンケーキを切り分けて、飲み込んだらすぐに口に入れる。
甘くてトロッとしたメープルシロップが、ふんわりしたパンケーキと相性バツグンでめっちゃ美味しい…!!
朔、なんで笑ってんだ。めっちゃ美味しいぞ食べて驚け!
朔をチラッと見てみると、ホイップクリームをつけたパンケーキを口に運び、そして目をキラキラさせていた。
だろ?美味しいだろ??ホイップクリームだとどれくらい美味しいのかなぁ?
ボクは朔がくれた、三口ぐらいのホイップクリームのせパンケーキを口にいれる。
モグモグしてるせいで喋れないけど、これも美味しいぞ…!?
甘さ控えめのホイップクリームが、パンケーキの味を際立たせてる!!うま!!
朔はボクを見て微笑みながらアイスティーを飲む。
うっかっこいい…。不意打ちだぞ、ずるいな。飲み物飲んでるだけでなんでそんなに絵になるんだよ…もう。
何言ってんだい、こんなの全然甘くないね!まあいいけどさ。
そのあともいくつか注文して、ゆったり話しながら過ごしているとすっかり日が傾いた。
夕焼けが海の向こうに見えて、青かった海がオレンジ色に染まる。
綺麗だね、と景色に見入っている朔の横顔を、ボクは見つめている。
____この気持ちの名前は何だろう。
作者から(必ず読んでください)
読んでいただきありがとうございます、ゆずきです。
僕が言うまでもありませんが、注意をしておきます。
海で溺れた人を助けるときは、水を無理に吐かせようとせず人工呼吸を行ってください。人工呼吸を行っている途中に水を吐いた場合、逆流を防ぐためすぐに体を横にして、水を出してください。そのあと、人工呼吸を再開しましょう。
詳しいことはしっかり信頼できるサイトで調べてください。
あとちゃんと病院に行きましょうね!!るりみたいに面倒くさがってはダメですよ!!
大丈夫だとは思いますが、僕も詳しくないので…。落ち着いた対応をしてくださいね!
失礼しました、引き続きお楽しみください!
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!