第64話

五十八話
63
2021/03/16 08:34
「……食べた、ですか」

「あれ、意外と反応薄いねぇ。もしかして知ってた?あらら、俺ちゃんってばカッコつけちゃったよ」


 知らなかったし、反応が薄い訳でもない。ただ、現実味が無いだけだ。あろうことか、人を食べた、などと。そんな気楽さで言うことでは無いでは無いか。

 しかし、いくら待っても彼から「嘘だ」という言葉は出てこない。ゆったりと時間が流れるだけだ。歪なほど、穏やかな時間だった。


「本当なんですか」

「本当だよ、残念かも知れないけどね。俺ちゃんは”そういうもの”なの。昔からね」

「……詳しく聞かせて貰えますか?」

「署で?」

「いえ、今ここで。証拠集めなんかしてたら、貴方は行方をくらますでしょうしね」


 お、わかってんね。なんて余計な軽口を追加された。その気になれば、明日にでも、或いは今からでも「行方不明者」になることが出来るのかもしれない。

 少なくとも、俺は彼を探し出せない気がした。警察の力を全て使ったとしても、だ。そのくらい掴みどころが無く、それ以上に掴みたくならない。

 正直言って、触れたくないのだ、この男には。

 今だってそうだ。彼の深い部分に触れれば触れるほど、俺は揺らいでいる。彼の曖昧さに、飲み込まれていく。

 深呼吸をして、足に力を入れる。流されないように、揺らがないように。


「過去の話か、苦手なんだよなぁ、そういうの」

「したことがあるんですか、過去の話」

「うん、リナウドとか、神父様とかね。あれ、知らない?俺ちゃんのことだよ、『人喰い』って言うのは」

「なっ!?」


 名前の通りだったのか。収入源がジゴロだからではなく、本当に人を食ったから。或いは、その両方の意味を持って。


 カニバリズム


 飢餓などを理由に、止むを得ず行った話は聞いたことがある。遠い異国の地では、特定の部族の儀式だったりするんだっけか。

 なんにせよ、「普通」とは程遠い行動であることは確か。彼のように、あっけらかんと言うことでは無いのだ。

 異常、歪、或いは破綻。

 そんな言葉が、脳裏で浮かんでは消えを繰り返す。彼はゆっくりとその場に腰を降ろし、片手で棺をぽんぽんと叩いた。

 赤子をあやすように、寝物語をするように、語り始めたのである。

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