「……食べた、ですか」
「あれ、意外と反応薄いねぇ。もしかして知ってた?あらら、俺ちゃんってばカッコつけちゃったよ」
知らなかったし、反応が薄い訳でもない。ただ、現実味が無いだけだ。あろうことか、人を食べた、などと。そんな気楽さで言うことでは無いでは無いか。
しかし、いくら待っても彼から「嘘だ」という言葉は出てこない。ゆったりと時間が流れるだけだ。歪なほど、穏やかな時間だった。
「本当なんですか」
「本当だよ、残念かも知れないけどね。俺ちゃんは”そういうもの”なの。昔からね」
「……詳しく聞かせて貰えますか?」
「署で?」
「いえ、今ここで。証拠集めなんかしてたら、貴方は行方をくらますでしょうしね」
お、わかってんね。なんて余計な軽口を追加された。その気になれば、明日にでも、或いは今からでも「行方不明者」になることが出来るのかもしれない。
少なくとも、俺は彼を探し出せない気がした。警察の力を全て使ったとしても、だ。そのくらい掴みどころが無く、それ以上に掴みたくならない。
正直言って、触れたくないのだ、この男には。
今だってそうだ。彼の深い部分に触れれば触れるほど、俺は揺らいでいる。彼の曖昧さに、飲み込まれていく。
深呼吸をして、足に力を入れる。流されないように、揺らがないように。
「過去の話か、苦手なんだよなぁ、そういうの」
「したことがあるんですか、過去の話」
「うん、リナウドとか、神父様とかね。あれ、知らない?俺ちゃんのことだよ、『人喰い』って言うのは」
「なっ!?」
名前の通りだったのか。収入源がジゴロだからではなく、本当に人を食ったから。或いは、その両方の意味を持って。
カニバリズム
飢餓などを理由に、止むを得ず行った話は聞いたことがある。遠い異国の地では、特定の部族の儀式だったりするんだっけか。
なんにせよ、「普通」とは程遠い行動であることは確か。彼のように、あっけらかんと言うことでは無いのだ。
異常、歪、或いは破綻。
そんな言葉が、脳裏で浮かんでは消えを繰り返す。彼はゆっくりとその場に腰を降ろし、片手で棺をぽんぽんと叩いた。
赤子をあやすように、寝物語をするように、語り始めたのである。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!