第37話

三十一話
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2020/09/01 03:57
「ごめんなさい、お客様もいらっしゃるのに……」


 突然の愛らしい来客に二人して驚いていると、子供たちを窘めるようにしながら、少女が頭を下げる。

 高校生くらいだろうか、ブロンドヘアーにそばかすのある頬は、活発さを示しているように見えた。


「お構いなく、もう帰るところですので」


 子供たちの邪魔をしたくなくて、思わずそう答えた。すると、女の子達が嬉しそうにキャッキャと声を上げた。


「しんぷさま、あそべるの?」

「えぇ、遊べますよ。何をしましょうか」


 彼は打って変わって柔らかな笑みで、子供たちと外へと出ていく。男の子たちは、既にボールを準備していた。

 高校生ほどの少女は、再度申し訳無さそうに、俺に頭を下げる。


「すみません、お邪魔ですよね」

「いやいや、本当に大丈夫だよ。それにしても大家族だね」


 教会前で遊ぶ子供たちは、ざっと数えても10人近い。あれだけの兄弟をまとめるのは、さぞ大変だろう。


「ふふ、家族と言っても、孤児院なんですよ」

「え、孤児院って……あそこの角の?」

「はい。神父様にはご寄付を頂いているんです。本当にお世話になっていて……」


 庭先の神父に、彼女は尊敬の眼差しを向ける。なんだか彼女が気の毒になった。

 孤児院にいることだけではなく、あの神父に生かされていると言うことが。最悪の可能性を考えると、少し身震いする。

 いや、寄付自体は良い事か。普段の猫かぶりの一環だと思うと、反吐が出るが。


「貴方も、神父様にご相談に来たのですか?」

「いや、違うよ。……ご相談って?」


 彼女が屈託なく聞いてくるので、素直に返事をしてしまう。貴方『も』と言うことは、ここには良く相談しに来る人がいるのだろうか。


「あら、すみません私ったら……。そうですね、私も神父様のお言葉には救われましたから!」


 手のひらを合わせて、嬉しそうに笑う。まるで自分のことのように、自慢げな声色だった。


「そう、なんだ」


 あまり好意的な返事が出来ない。無闇に他人を悪く言う趣味は無かったはずなのだが、どうにも前向きな思考は浮かばなかった。

 あの神父が、殺人鬼とお友達だと知ったら、この子達はどうなってしまうのだろう。

 あの神父の本性に触れたら、あの子達諸共、堕落しやしまいか。

 不吉な妄想ばかりが浮かぶので、思い切りかぶりを振る。少女が不思議そうに見てきたが、気が付かないふりをした。


「あー、じゃあ俺はそろそろ……」


 と、踵を返そうとしたところに、ボールが飛び込んでくる。外で男の子が『しまった』と言いたげに顔をしかめていた。

 少女はハッと気がついた顔になって、男の子の方へと駆け寄っていく。


「こら、力加減を考えなって、いつも言ってるでしょ!」

「わぁ、姉ちゃん!ごめんなさい!」

「良いんですよ、マリーナさん。特に何が壊れた訳でもありませんし」


 やいのやいの、とばかりに外が騒がしくなる。俺は今日内に転がったままのボールを拾いに、外に背を向けた。


「子供は元気だよなぁ……」


 ボールはかなり奥へと入っていた。ボールを拾い上げようとすると、その近くに鍵が落ちているのが目に入る。

 鍵には小さく『宝箱』と言う文字が彫られている。近くに宝箱らしき物も見当たらず、なんとはなしにその鍵を手に取った。


「……どこの鍵だろう」


 教会の鍵は、確かに神父が持っているはずだ。ならば予備の鍵か。しかし、予備の鍵に文字を彫るものだろうか。

 扉と言えば神父の部屋くらいか。しかし、近づいて扉を見ても鍵穴さえ見つからない。

 なら部屋の机にでも置いておこうと、恐る恐る部屋に入る。部屋はとても簡素で、必要最低限の物だけが置いてあった。

 机に鍵を置いたところで、メモ用紙が目に入る。俺へと伝言に使われたものと同じメモ用紙だ。そこには、


『鳥のくちばし…2つ
蛙…4匹
鷹の羽…1組
鹿の足…2組』


 とだけ書かれている。なんだ、黒魔術でもやっているのか?

 こっそり写真だけ撮って、部屋を後にしようとする。しかし、何となく気になって部屋を振り返った。

 机の上には、鍵がある。今なら、持ち帰っても俺のせいだとはわからないだろう。

 ……いや、どうしよう。普通に窃盗だぞ。

 しかし、メモ用紙の内容もかなり不穏だし、何かの手がかりになるかも知れない。

 そうだ、だってこの神父は殺人鬼とお友達なのだ。何かの隠語である可能性も高いじゃないか。

 ならば、一時的に借りるくらい、問題無いのではないか?

 そっと鍵に手を伸ばし、鞄に入れる。そのまま戻ると、まだ庭先で騒がしい声がしていた。

 教会から出ると、少女と子供たち、そして神父が一斉にこちらを見る。


「あ、そろそろ帰ろうと思って……」


 ボールを男の子に渡し、そそくさと立ち去ろうとする。


「お待ちを」


 あと一歩で車に乗れると言うところで、神父に呼び止められた。ビクリと肩を震わせて振り返ると、神父は柔らかな笑みを浮かべている。


「また、会いに来て下さいね。いつでもお待ちしておりますから」


 どうやら、ただの良い人アピールだったらしい。子供達に手を振られながら、そのまま教会を後にした。

 心臓の音は、まだ鳴り止まない。

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