「び、っくりした……」
箱の中から鍵を取り出し、ポケットに仕舞う。ついでに生首も取り出してみる。ふわふわとした手触りの茶色い羽。どうやらスズメの首のようだ。
それも、自力で獲った物ではなく、剥製の一部だろう。バクバクとうるさい心臓をなだめながら、そっとスズメを箱に戻した。
鍵を閉めて、元々あった場所に埋めなおす。軽く土をかぶせ、手に付いた土を払った。
「……で、今度はこれか」
ポケットの鍵を取り出し、空にかざしてみる。『おもちゃ箱』と彫られた鍵の処遇に悩むことになってしまった。
確かにオロチ君は『おもちゃ箱を見てみろ』と言っていたが、本当におもちゃ箱があるとは。子供らしい大人が、いよいよ子供そのものに近づいてきている。
「それはねぇ、神父の部屋で使うよ」
「なるほど、隠し部屋でも……」
オロチ君がいた。あまりに自然にいるものだから、普通に返事をしかけた。真夜中なので叫びたいのをぐっと堪え、小声で話すことにする。
「なんでここに?というか、なんで知ってるんだよ……」
「んふふ、気になって来ちゃった。それに僕、『おもちゃ箱』見たことあるもん」
「あ、そう……」
当然の如く答える彼に、文句を言う気も失せてしまった。初めから一緒に来てくれれば、あちこち探す必要だって無かったのに……
「ねぇ、おにーさん」
「なんだよ、早いとこ済ませたいんだけどな」
「今さ、『初めから一緒に来いよ』とか、思って無いよね?」
「……え?」
心を見透かされたような言葉に、思わず振り返る。真っ黒な髪が夜に溶け込んで、彼の輪郭が、存在が、ぼやけて見えた気がした。
「ダメだからね?そんなこと思っちゃ。僕たちと一緒になんて、なっちゃダメだ」
「……思ってないよ、そんなこと」
「そうか、なら良いけどね。おにーさんには、こっち側になられちゃ困るし」
「どういう意味だよ、それ」
「んー、別にー?」
意味深な発言を追及するも、これ以上話すつもりは無いのか、はぐらかすように歩き始める。
後を追うようにしながら、もう一歩踏み込んで聞いてみた。他の奴らとは違って、オロチ君には多少強気で行ける。見た目だろうか。
「なぁ、どういう意味だよ」
「……それよりさ、ホントに良いの?」
「良いって、何が」
「おもちゃ箱、見るの?」
「お前が見ろって言ったろ。それともなんだ、お前が怖くなったのか?」
茶化すように言うと、オロチ君は真剣な表情で首を横に振る。いつにない雰囲気に、背筋が伸びるような思いになった。
真っすぐにこちらを見てくる。ぼんやりとしていた輪郭は、白い教会を背にすることではっきりとした。
「僕がここに来たのはね、おにーさんが落ちちゃわないようにするため。こっち側に、転がらないため」
「……それって、俺がリナウドみたいになるって言いたいのか?」
もしくは、例の殺人鬼のように。『こっち側』と言う辺り、オロチ君もそういう趣味があるのか。まぁ、そうでなくては彼らと付き合うことは出来ないだろうが。
「そうだよ、おにーさんには、マトモでいて貰わなきゃ。弟のためにも」
「……弟?」
「そう、大事な人のために。だからもう一度聞かせて。覚悟は、ある?」
黒い瞳の奥に、決意の色が見えた気がした。
拳を握り、彼の熱意に答えようと足腰に力を入れる。真っすぐに見つめ返して、力強く頷いた。
「ある。絶対に、落ちないさ」
一拍の間があって、彼は軽く深呼吸をする。俺の答えに満足したように、オロチ君は微笑んだ。
何も言わずに踵を返すと、教会の扉を開く。ギィ、とさび付いた音が辺りを包んだ。さっき来たばかりのはずなのに、異常な緊張感が俺を包む。だからだろうか。
「……ダメじゃんね、信じちゃ」
そんな言葉は、俺には届かない。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!