第26話

二十話
 覚えていない?そんな訳があるか。自分を殺そうとする男との因縁だぞ?忘れれば文字通り致命的では無いか。


「……これは、後援者と人喰いをはじめとした、信頼できる人にしか話していないのですがね」

「もったいぶるな。早い所説明しろ」


 ただでさえ意味の分からないことを話しているのだ。これ以上余計な口を回させるつもりはない。リナウドは恐縮したように背を丸めると、少し間を取ってから、恥ずかしそうに小声で言った。


「私、記憶喪失なんです」


 思わず『はっ?』と素っ頓狂な声が出た。今までの振る舞いを見て、そのような素振りは見られなかった。雑誌でも、『子供の頃、医師に助けられたのが医師を目指した理由』なんて言っていたでは無いか。


「あんなもの噓っぱちだ。差しさわりの無い話をでっち上げたんですよ」

「だ、だが、外科手術の腕は確かじゃないか。あれも嘘なのか?」


 高名な俳優をはじめ、数多くの患者を救ってきた実績があるのは事実なのだ。それは最近身に着けた技能では、到底叶わないであろう人数。何十年と積み重なった、まごうこと無き証なのだ。


「記憶を失っても、コーヒーを泥水と勘違いする方は少ない。私の場合も同じでした」

「つまり、蒐集家との関係だけが抜け落ちていると?」


 リナウドはゆっくりと頷いた。その表情はどこか晴れやかで、ずっと背負っていた重荷を下ろしたのだろうと察させる。

 思わず椅子に体を預け、天井を見上げてしまった。

 唐突な情報に、頭がついて行かない。何をどうしたらそうなるんだ。記憶を失い、何故狙われているかもわからないだと?冗談じゃない。


「それじゃ、お前を守りようが……」


 と、そう言った時点で思い出した。

 こいつは、犯人を知っているじゃないか。

 情報量の多さに混乱していたが、元はそういう理由でここに呼び出したのだ。ならば、こいつから『蒐集家』の情報を聞き出せば、逮捕とはいかずとも警戒、護衛は簡単だ。


「蒐集家、もとい犯人はどこにいる?名前は?職業は?」


 まぁ、実を言うと返事に期待はしていなかった。こいつは死にたがり……いや、あの神父風に言うならば殺されたがりなのだ。殺されるチャンスを、みすみす逃すとは思えない。

 しかし、返って来たのは望んだ以上の情報だった。


「教えられません。それがルールですから」


 ルール。


 まるでゲームでもしているかのように、リナウドは嗤った。