待つこと数時間、たっぷり夜も更けた頃。私服に着替えたリナウドが部屋に入って来た。黒いロングコートに、グレーのストール。意外とこじゃれた服装で、それがまた腹立たしい。
「お待たせしました。行きましょうか」
これから警察で取り調べを受ける男の言い草だなんて、誰が思うだろう。ともすれば食事にでも行くような気軽さだった。にっこりと笑みをたたえたままなのは、強がりだと信じたい。
「……パトカーは外に停めたままだ。早く来い」
「言われなくても行きますよ。せかさないで下さい」
席を立って横を通り抜けながら言うと、クスクスと笑いと共に返される。あくまでも自分が上だ、と主張されているようで、苛立ちが募った。
一階に降りると、昼間とは違う病院の雰囲気に一瞬だけ躊躇する。がらんとした受付。誰もいないのか、聞こえるのはカツカツと言う二人分の靴音だけ。
二人。
自身の中に出てきた単語が、やけに恐怖を増幅させる。数歩後ろを歩いているのは、死体を見て「汚い」だなんだとほざいた狂人だ。
もし、メスを隠し持っていたら?
いや、そんな物が無くてもストールで首を絞めることだって。
ネガティブな思考が頭を占め、思わずゴクリと喉を鳴らした。
「大丈夫ですよ」
ふっ、と背後から声が聞こえる。聞こえるというか、上から降って来たようなイメージ。不思議に思って振り返ると、ある程度距離があったはずなのに、リナウドは真後ろに居た。
薄ぼんやりとした暗がりが、白い髪を目立たせる。
「ちっ、近いんだよお前は!」
鳥肌が立つのを感じながら距離を取る。ケラケラと楽しげな笑い声が、清潔感のある空間に、やけに下品に響いた。
「それほど怯えずともいいじゃないですか。貴方はいずれ、私を殺すのに」
「……まだ言うのか。そんなことはしない。絶対にだ」
睨みつけながら体の向きを変え、病院の外へ出る。キーを使ってパトカーの後部座席を開き、リナウドに顎で指示をした。意図を察したのか、リナウドは抵抗することなくパトカーに乗る。
エンジンをかけ、ハンドルを握った。その時、自分の手に汗がにじんでいることに気が付く。ルームミラーごしの視線を感じ、悟られぬようにズボンで汗を拭った。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。