第46話

四十話
76
2020/09/26 14:07
「何がロマンだ。恐怖しか無いぞ、これ……」


 唐突なウインクのおかげか、口が回るようになった。オロチ君はヘラヘラとした笑いを崩そうとはしないまま、先に階段を降りていってしまう。

 慌てて後を追うと、オロチ君の背中にぶつかりかけた。ただでさえ暗い中、肌以外真っ白な彼に立ち止まられると困る。


「どうしたんだ、行き止まりか?」

「……ううん、もっとヤバいかも。あれ見てよ」


 オロチ君が示したその先を、照らす必要は無かった。と言うのも、示した先にあったのは、他ならぬ光であったからである。

 階段を降りた先にドアのようなものがあり、そこから光が漏れているのだ。机で塞がれた地下に、光が。


「……誰かいるかもってことか?」

「誰かって言うか、いるとしたら神父だよね」


 互いに顔を引き攣らせながら、頭を抱えた。冗談じゃないぞ。こんな時に鉢合わせたら、不法侵入で1発KOじゃないか。


「どうする、帰るか?」

「……いや、僕だけ行くよ。誰かいるか見てくる。音はしないから、いない可能性もあるんだ」


 そう言うと、俺の返事を待つことなくオロチ君は先へと進んでいく。しかしそれ以外の方法も咄嗟には思いつかず、俺はただ息を殺していた。

 カツカツと乾いた靴音だけが聞こえる。オロチ君の物だ。それが徐々に遠ざかっていき、ピタリと止まる。

 一拍の間を置いて、ギィ、と錆び付いた音。そして───


「おにーさん!誰もいなかったぁー!!覚悟があるならおーいーでー!!」


 と言う、間の抜けた叫び声。

 あまり距離は無いのだから、それほど叫ばなくても聞こえると言うに。やれやれと光の方へと向かう。



 その時オロチ君は、『覚悟があるなら』と言った。俺はその意味を深く考えもせず、ただ歩いていた。

 決めるべきだったと思う。もっと言うなら、選択すべきだったとも思う。

 これから俺はどうするのかを、もっと考えておけば良かった。この先を、『おもちゃ箱』を見て、どうするのかを。

 そうすれば俺は、まだ留まって居られたのかもしれない。



 ドアプレートに『おもちゃ箱』と書かれている。間違いないだろうとドアノブを握り、躊躇い無く部屋に入った。


「………………あ」


 目の前には、人の顔があった。

 長いブロンドの髪、初めて見る顔だが、きっとこれからずっと忘れることは無い。

 顔だけではない、その全身を、忘れることは赦されない。


 髪は長いブロンド、少しくせっ毛。眼球は抉られ、黒い塊が埋め込まれている。

 口は縫い付けられ、上から大きな鳥のくちばしがかぶせられていた。

 腕は切り取られ、馬の前足の様なものが、ぶら下がっている。

 下半身は無い。その代わりに魚の骨で作られた、大きなヒレのような形をした板が括り付けられている。

 首には長いワイヤーがついており、天井からぶら下がるようになっていた。

 そして、背中には純白の翼が生えている。他の部位は接続が甘いのに、ここだけはまるで元から生えていたかのように、精巧だった。


 天使のように。


 そう形容しかけて、口を抑える。これは天使などではない。



 天使から腐乱臭はしない。


 天使から家畜の匂いはしない。


 天使は、天使は、天使はこうではない。



 だからと言って、これが悪魔だとも思わない。これ自体はおぞましいが、『材料』となったものたちに罪はない。


 罪深いのは、ただ一人。


 これを、『これら』を作り上げた、レノックス・カー、ただ一人。


 堪えきれずにその場に吐いてしまった俺を、数十体にも及ぶ『天使達』が、真っ黒な目で、見下ろしていた。

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