「何がロマンだ。恐怖しか無いぞ、これ……」
唐突なウインクのおかげか、口が回るようになった。オロチ君はヘラヘラとした笑いを崩そうとはしないまま、先に階段を降りていってしまう。
慌てて後を追うと、オロチ君の背中にぶつかりかけた。ただでさえ暗い中、肌以外真っ白な彼に立ち止まられると困る。
「どうしたんだ、行き止まりか?」
「……ううん、もっとヤバいかも。あれ見てよ」
オロチ君が示したその先を、照らす必要は無かった。と言うのも、示した先にあったのは、他ならぬ光であったからである。
階段を降りた先にドアのようなものがあり、そこから光が漏れているのだ。机で塞がれた地下に、光が。
「……誰かいるかもってことか?」
「誰かって言うか、いるとしたら神父だよね」
互いに顔を引き攣らせながら、頭を抱えた。冗談じゃないぞ。こんな時に鉢合わせたら、不法侵入で1発KOじゃないか。
「どうする、帰るか?」
「……いや、僕だけ行くよ。誰かいるか見てくる。音はしないから、いない可能性もあるんだ」
そう言うと、俺の返事を待つことなくオロチ君は先へと進んでいく。しかしそれ以外の方法も咄嗟には思いつかず、俺はただ息を殺していた。
カツカツと乾いた靴音だけが聞こえる。オロチ君の物だ。それが徐々に遠ざかっていき、ピタリと止まる。
一拍の間を置いて、ギィ、と錆び付いた音。そして───
「おにーさん!誰もいなかったぁー!!覚悟があるならおーいーでー!!」
と言う、間の抜けた叫び声。
あまり距離は無いのだから、それほど叫ばなくても聞こえると言うに。やれやれと光の方へと向かう。
その時オロチ君は、『覚悟があるなら』と言った。俺はその意味を深く考えもせず、ただ歩いていた。
決めるべきだったと思う。もっと言うなら、選択すべきだったとも思う。
これから俺はどうするのかを、もっと考えておけば良かった。この先を、『おもちゃ箱』を見て、どうするのかを。
そうすれば俺は、まだ留まって居られたのかもしれない。
ドアプレートに『おもちゃ箱』と書かれている。間違いないだろうとドアノブを握り、躊躇い無く部屋に入った。
「………………あ」
目の前には、人の顔があった。
長いブロンドの髪、初めて見る顔だが、きっとこれからずっと忘れることは無い。
顔だけではない、その全身を、忘れることは赦されない。
髪は長いブロンド、少しくせっ毛。眼球は抉られ、黒い塊が埋め込まれている。
口は縫い付けられ、上から大きな鳥のくちばしがかぶせられていた。
腕は切り取られ、馬の前足の様なものが、ぶら下がっている。
下半身は無い。その代わりに魚の骨で作られた、大きなヒレのような形をした板が括り付けられている。
首には長いワイヤーがついており、天井からぶら下がるようになっていた。
そして、背中には純白の翼が生えている。他の部位は接続が甘いのに、ここだけはまるで元から生えていたかのように、精巧だった。
天使のように。
そう形容しかけて、口を抑える。これは天使などではない。
天使から腐乱臭はしない。
天使から家畜の匂いはしない。
天使は、天使は、天使はこうではない。
だからと言って、これが悪魔だとも思わない。これ自体はおぞましいが、『材料』となったものたちに罪はない。
罪深いのは、ただ一人。
これを、『これら』を作り上げた、レノックス・カー、ただ一人。
堪えきれずにその場に吐いてしまった俺を、数十体にも及ぶ『天使達』が、真っ黒な目で、見下ろしていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。