駐車場に車を止め、急ぎ足で病院へ向かう。
正直、あんな男死んだって構わない。
それに、神父によればリナウドは殺されたがりだと言うじゃないか。
だったら、放っておく手だってあるんだ。
だが、それでは俺のプライドが許さない。
警官として、一人の人間として、誰だって救って見せねば。
意気込んで歩調を速めると、角で人とぶつかってしまった。
男性はびっくりしたように目を瞬かせると、こんなことを口走った。
「あ、さっきの警官くんじゃん」
「え?」
思わず聞き返すと、男は慌てたように口ごもると、さっと踵を返してしまう。
引き留めるように声をかけると、ヘラヘラとした笑顔を浮かべた。
「俺ちゃん、ここの患者さんなの。お兄さん、さっき受付で警察手帳みせてたじゃん?それ見ちゃっただけ」
「な、なるほど。ご病気なんですね、お大事に」
「そう、その名も人喰い病、なんつってね」
にやりと口角を上げると、男はすぐに人ごみに紛れて見えなくなった。
今人喰いと聞くと、例の名無しのことしか思い浮かばないな。
複雑な思いを抱きながらも、病院に入る。
先ほどと同じ受付嬢に、もう一度警察手帳を見せる。リナウドとの面会を申し込もうとした、その時。
「おや、早い再開だ」
いけすかない声が、背後から聞こえた。
こちらから赴かなくて良いのは都合がいい。振り返り、眼鏡の奥の瞳を細めるリナウドにつめよる。
「神父様から聞いたぞ。次のターゲットはお前だとか」
「えぇ、それが何か?」
「何かって、お前……!」
声を荒げかけて、リナウドに静止される。
忘れかけていたが、ここは病院だ。周囲の迷惑になるのも、視線を集めるのも望ましくない。
舌打ちまじりに声のボリュームを下げ、軽く睨みつけながら話を続ける。
「ともかく、しばらく見張らせてもらうぞ。これ以上事件を起こす訳にはいかない」
「構いませんが、良いのですか?」
「……何がだ」
「私が殺せないとあらば、犯人はターゲットを変えるだけだと思いますが」
それもそうか、と納得しかけて止まる。
自分が最終目標で無い、と確信したような口ぶり。
犯人がまだ自分以外を殺す、そう知っている口ぶり。
「お前、やっぱり何か知ってるだろ」
「犯人の正体ですか?もちろん、知っていますよ」
「……署まで来い。続きはたっぷり聞いてやる」
「まだ仕事がありますので。人命優先ですよね?」
相変わらず食えない性格だ。
しかし、こちらもそれで引き下がるほど物分かりは良くない。
「なら、仕事が終わるまでここで待つ。仕事が終われば、断る理由は無いだろう」
意趣返しと言うか、仕返しをしたつもりだったが、リナウドは意にも介さない。
むしろ、待ってましたと言わんばかりの笑顔で答える。
「では、先ほどの部屋でお待ちくださいね」
呼び止める暇もなく、靴音も高らかに立ち去って行った。
言われた通りに応接室へ行くと、淹れられたばかりの紅茶が湯気を立てている。
「……何もかも、お前の手のひらの上だってか?」
忌まわしさを掻き消すために、熱い紅茶を飲みほした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!