「……うん、知ってる」
オロチ君があまりにも思い詰めた顔をしているものだから、思わず身構えてしまった。しかし、蓋を開ければ既知の事実。特に驚く事でもない。
しかし、俺の返事にオロチ君は目を見開いた。息を飲んで、握りしめた手をカタカタと震わせている。
「やっぱり、知ってるんだ」
「おう、まさかフレッドさんって人も殺されたがりだとは思わなかったけどな」
「……はは、『殺されたがり』って言ったね」
「だって、厳密に言えばそうなんだろ?神父が言ってたよ」
こんな気軽に話すことでも無いとは思う。だが、彼らが『殺されたがり』である以上、自殺の心配は無いと俺は踏んでいる。
いや、確か犯人だけは『死にたがり』なんだったか。その辺も詳しく聞かないとな、とようやく動き始めた頭を回す。
ちらとオロチ君を見れば、俺の返答に絶望したように項垂れていた。不味いことを言ったかと声をかければ、彼は抑揚の無い声を出す。
「いや、間に合わなかったなぁって……僕は、やっぱり守れないのかなって……」
「な、何がだよ?いつも思ってたけど、お前達は自己完結しすぎだ。全く伝わって来ないぞ」
不満をぶつけてみるも、これと言った反応が無い。それどころか、ますます落ち込んだようにため息を零す。
「だって、おにーさんは皆を殺すんでしょ……?だから今だって───」
「な!?おいバカ、何でそんな話になるんだよ!」
突拍子も無いことを言い出す彼に、詰め寄るように声を荒らげてしまう。
どいつもこいつも、どうして殺す前提なんだ。俺はそんなつもりは一切、毛頭、1ミクロンたりとも無いと言うのに!
苛立ちを滲ませながらも、オロチ君にしっかりと説明する。リナウドに『誘われた』こと。神父が『殺されたがり』だと知っていること。
そして、それを止めるつもりであると言うこと。勿論、事件の解決が優先ではあるが。
オロチ君の表情がみるみる明るくなっていくのがわかった。途中から立ち上がって、俺の手を取って笑顔を見せてきた程に。
「おにーさん凄いや!殺さない?ぜったいぜったい、殺さない?」
「当たり前の事を聞くなよ。俺がそんなヤバい奴に見えるか?」
「……ううん、見えない。見えないよ!」
再三確認してくる様子からは、先程のような子供らしさが垣間見えた。誤解はすっかり解けたようで、オロチ君はご機嫌に鼻歌まで歌っている。
「なぁ、お前何を勘違いしてたんだよ」
「……あー、えっと」
盛大な勘違いを見過ごすことも出来ず、改めて質問をぶつけた。彼はあからさまに目を泳がせて、申し訳なさそうに懐から小さな紙袋を取り出す。
中には、新品の折りたたみナイフが入っていた。
「……おいおいおいおい!!」
「違うんだ、待って、聞いて!」
慌てて彼から距離を取った。オロチ君は敵意は無いとばかりに両手を上げる。
半信半疑で言い訳を促せば、『言い訳じゃないってば』と説明を始めた。
「あのね、おにーさんさっき『自己完結しすぎだ』って言ったじゃん?」
「あぁ、話が伝わって来ないとも言ったな」
「実はね、その、おにーさんはね……」
「……もったいぶらないで早く言えって」
オロチ君は『うー』と唸り声を出しながら頭を抱える。言うか言うまいか、葛藤しているようだ。
ここまで言っておいて、隠すことも無いと思うのだが。
「ねぇ、いくつか約束してくれないかな?」
「何を」
「今から言うことを信じること。それから──」
「それから?」
「……おにーさん自身を、信じること」
彼は不安げに眉を下げている。教会に入る前と同じような問いに思えた。
何があっても、何を知っても、壊れないこと。
それならさっき、約束した。そして俺はあの『天使たち』を目の当たりにしたのだ。そしてそれでもなお、俺は神父らを助けるつもりでいる。
ならば、きっと大丈夫だ。俺は警察官。自慢の親父と同じ、誇りある仕事なのだから。
「……あぁ、任せとけ」
自信を持って、頷ける。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。