「手術が成功したと聞きました。おめでとうございます」
まずは雑談から。
犯人にせよ、そうでないにしろ、話しやすい空気を作らないといけない。
出された紅茶を味わいながら、話を進めて行く。
「雑誌の特集も見ましたよ、かっこよかったなぁ」
「いや、お恥ずかしい限りで……」
本当に恥ずかしそうにはにかむ。
こうして話す分には、普通の男性だ。
時折知性を感じるものの、厭味ったらしさは全く無い。
むしろ好印象と言うか、ずっと話していたくなる人物だ。
だが、これも仕事。
どれだけ好印象でも、疑ってかからねばいけない。
「……あの、刑事さん」
「はい、なんでしょうか」
切り出したのは相手側だった。
そちらから話してくれるのは、大変やりやすくて良い。
「私は疑われているのでしょうか、心当たりが無いのですが……」
「いえ、そういうわけではありませんよ。ちょっとお聞きしたいことがありまして」
そう言って、資料を取り出す。
犯行に使用された薬品の資料だ。
この薬品は、現在流通しておらず、なおかつ所有者は彼のみである。
その資料を読むと、彼は目を丸くする。
「まさか、そんな……」
「お心当たりが?」
彼はうなだれると、ゆっくりと頷く。
自供でもしてくれるのかと思ったが、どうやら違うようだ。
「……数週間前、旧友が訪ねて来ました。その時、この薬品の成分表を見せたんです」
「その話を、我々が信じる根拠は?」
リナウドさんは一度部屋から出て、すぐに戻ってくる。
手には薬の瓶があった。
「これが私の持っている薬品です。調べてみて下さい。きっと成分にズレがあるはずだ」
「……わかりました。お借りします」
まぁ、高名な外科医がこんなわかりやすくボロを出すとも思えない。
こうなってくると、その旧友が怪しいな。
「その旧友の方の名前は?」
「……言えません」
「なぜ?かばうと貴方まで疑いをかけられてしまう」
リナウドさんは押し黙り、しばらく俯いていた。
葛藤している様を見ていると、何故か違和感を覚える。
何かを待っているように見えたのだ。
しかし、誰かが訪れる訳でもなく、彼は顔を上げる。
「言えないのです。彼には、決まった名前がありませんから」
にわかには信じ難いその話を、彼は真面目に語りだす。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。