第12話

六話
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2020/04/29 09:26
「手術が成功したと聞きました。おめでとうございます」


 まずは雑談から。

 犯人にせよ、そうでないにしろ、話しやすい空気を作らないといけない。

 出された紅茶を味わいながら、話を進めて行く。


「雑誌の特集も見ましたよ、かっこよかったなぁ」

「いや、お恥ずかしい限りで……」


 本当に恥ずかしそうにはにかむ。

 こうして話す分には、普通の男性だ。

 時折知性を感じるものの、厭味ったらしさは全く無い。

 むしろ好印象と言うか、ずっと話していたくなる人物だ。

 だが、これも仕事。

 どれだけ好印象でも、疑ってかからねばいけない。


「……あの、刑事さん」

「はい、なんでしょうか」


 切り出したのは相手側だった。

 そちらから話してくれるのは、大変やりやすくて良い。


「私は疑われているのでしょうか、心当たりが無いのですが……」

「いえ、そういうわけではありませんよ。ちょっとお聞きしたいことがありまして」


 そう言って、資料を取り出す。

 犯行に使用された薬品の資料だ。

 この薬品は、現在流通しておらず、なおかつ所有者は彼のみである。

 その資料を読むと、彼は目を丸くする。


「まさか、そんな……」

「お心当たりが?」


 彼はうなだれると、ゆっくりと頷く。

 自供でもしてくれるのかと思ったが、どうやら違うようだ。


「……数週間前、旧友が訪ねて来ました。その時、この薬品の成分表を見せたんです」

「その話を、我々が信じる根拠は?」


 リナウドさんは一度部屋から出て、すぐに戻ってくる。

 手には薬の瓶があった。


「これが私の持っている薬品です。調べてみて下さい。きっと成分にズレがあるはずだ」

「……わかりました。お借りします」


 まぁ、高名な外科医がこんなわかりやすくボロを出すとも思えない。

 こうなってくると、その旧友が怪しいな。


「その旧友の方の名前は?」

「……言えません」

「なぜ?かばうと貴方まで疑いをかけられてしまう」


 リナウドさんは押し黙り、しばらく俯いていた。

 葛藤している様を見ていると、何故か違和感を覚える。

 何かを待っているように見えたのだ。

 しかし、誰かが訪れる訳でもなく、彼は顔を上げる。


「言えないのです。彼には、決まった名前がありませんから」


 にわかには信じ難いその話を、彼は真面目に語りだす。

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