編織館を出たあと、市内最大の神社だと言う、泉穴師神社と、全国有数の弥生時代の大集落遺跡である池上曽根遺跡を回った頃には、もうすっかりお昼を過ぎていた。
田中くんに彼女がいないって分かった時、ほんの少しホッとした。
……多分、こうして休みの日に2人っきりで街を案内してもらっている事の後ろめたさを感じなくて済むからだと思う。
転校生に街を案内するだけとは言え、女の子と休みの日に2人きりで出かけるのは彼女的にNGだもん。
先に自転車を漕ぎ出す田中くんの後ろを慌てて追いかける。昨日知り合ったばかりなのに、自然に話したり笑ったり。
こうして一緒に過ごすのが初めてとは到底思えない。まるで、ずっと前から知ってたみたい。
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駅前のファーストフード店で、ハンバーガーとポテトを頬張り、ドリンクで喉を潤した私たち。
さり気なく私の分まで買ってくれた田中くんはなんだかとってもスマートで、やっぱり彼女がいないなんて腑に落ちない。
3月の風はまだ冷たくて、自転車で走るうちに冷えてしまった体を店内の暖房が温めてくれた。
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田中くんの言っていた”寄りたいところ”に着いた私は、その昔ながらの街並みに目を奪われた。
まるでタイムスリップしちゃったみたい。
昔ながらのものを大切に残していくってステキなことなんだなぁ。
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だんだんと日が暮れ始めて、ふと見上げれば茜色の空が広がっている。
私の問いかけに、一度笑顔で振り向いた田中くんは、前に向き直ると自転車を漕ぐスピードを上げた。
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しばらく自転車を走らせた私たちに見えてきたのは、橋の上に架かる大きな黄色いアーチだった。
橋の上から眺める夕日は、海面にキラキラと反射して眩しい。まるで、オレンジ色の道が、夕日まで続いているみたいで幻想的だ。
田中くんの見せてくれたこの景色を思い出せば、今日はきっとぐっすり眠れると思うんだ。
そう告げようとした私を待たず、隣の田中くんは左手で私の手を握り、空いている右手で私の頭をポンポンと数回撫でた。
夕日に照らされた田中くんの顔を見ながら、私の顔も夕日に照らされているであろうことにホッとする。
……だって今。
きっと、田中くんのせいで真っ赤だから。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。