第4話

よく眠れるおまじない。
編織館を出たあと、市内最大の神社だと言う、泉穴師いずみあなし神社と、全国有数の弥生時代の大集落遺跡である池上曽根いけがみそね遺跡を回った頃には、もうすっかりお昼を過ぎていた。
田中 哲太
田中 哲太
もうこんな時間なん?
もっと早くに昼飯の予定やってんけど
吉岡 茉優
吉岡 茉優
あはは……なんか、
修学旅行に来てる気分
田中 哲太
田中 哲太
言われてみれば確かに。
神社とか遺跡とか……
デートなら行かんもんな〜
吉岡 茉優
吉岡 茉優
そう?
私は結構楽しかったけどな〜。
彼女とはどこでデートするの?
田中 哲太
田中 哲太
そんなん、おらん
吉岡 茉優
吉岡 茉優
……え?
田中 哲太
田中 哲太
今まで彼女とか
おったことないねん。
だからデートとかもない
吉岡 茉優
吉岡 茉優
えー、なんで!?
田中くんモテそうなのに
もったいない
田中 哲太
田中 哲太
分からんもん。
好きとかそういうの。
俺にはまだ難しいわ
田中くんに彼女がいないって分かった時、ほんの少しホッとした。

……多分、こうして休みの日に2人っきりで街を案内してもらっている事の後ろめたさを感じなくて済むからだと思う。

転校生に街を案内するだけとは言え、女の子と休みの日に2人きりで出かけるのは彼女的にNGだもん。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
……そっかぁ
田中 哲太
田中 哲太
俺のことはええねん!
駅前戻って昼飯にしようや
腹減った〜
吉岡 茉優
吉岡 茉優
あー、待ってよ!
先に自転車を漕ぎ出す田中くんの後ろを慌てて追いかける。昨日知り合ったばかりなのに、自然に話したり笑ったり。

こうして一緒に過ごすのが初めてとは到底思えない。まるで、ずっと前から知ってたみたい。

***

駅前のファーストフード店で、ハンバーガーとポテトを頬張り、ドリンクで喉を潤した私たち。

さり気なく私の分まで買ってくれた田中くんはなんだかとってもスマートで、やっぱり彼女がいないなんて腑に落ちない。


3月の風はまだ冷たくて、自転車で走るうちに冷えてしまった体を店内の暖房が温めてくれた。
田中 哲太
田中 哲太
あー、うまかった
吉岡 茉優
吉岡 茉優
お腹いっぱい〜
吉岡 茉優
吉岡 茉優
あ!あのマンホール
羊の親子が描いてある!
田中 哲太
田中 哲太
お、見つけたか
おづみんの消火栓もあるんやで
吉岡 茉優
吉岡 茉優
ええ、可愛い〜!
消火栓も探してみよっと
田中 哲太
田中 哲太
ほな、今度は運動がてら
サイクリングや!
吉岡 茉優
吉岡 茉優
え?サイクリング?
田中 哲太
田中 哲太
その前に寄りたいところが1つある


***

田中くんの言っていた”寄りたいところ”に着いた私は、その昔ながらの街並みに目を奪われた。

まるでタイムスリップしちゃったみたい。
田中 哲太
田中 哲太
ここは、浜街道はまかいどう言うて
各時代の町屋建築が多数残された
歴史的街道なんや
吉岡 茉優
吉岡 茉優
風情のある街並み……
あ、レトロな赤いポストがある!
田中 哲太
田中 哲太
この辺りが泉大津の
毛布産業発祥の地らしいで
吉岡 茉優
吉岡 茉優
なんか……いいなぁ。
すごく歴史を感じる
昔ながらのものを大切に残していくってステキなことなんだなぁ。
田中 哲太
田中 哲太
よっしゃ、寄り道はこの辺にして
サイクリング行くで!
吉岡 茉優
吉岡 茉優
うん!


***
田中 哲太
田中 哲太
ここは 小松緑道こまつりょくどう
約1キロある自転車と
歩行者専用の道路や!
吉岡 茉優
吉岡 茉優
緑の中にいるはずなのに
海の匂いがする……!
田中 哲太
田中 哲太
木に覆われたトンネルみたいなもんで
すぐそこが海やからなぁ
吉岡 茉優
吉岡 茉優
休憩できそうなスペースもあるね!
この先には何かあるの?
だんだんと日が暮れ始めて、ふと見上げれば茜色の空が広がっている。
田中 哲太
田中 哲太
小松緑道を抜けたら
俺のいちおしスポットがあんねん。
時間的にもちょうどええ頃や
吉岡 茉優
吉岡 茉優
時間的に……って?
田中 哲太
田中 哲太
それは着いてからのお楽しみ!
私の問いかけに、一度笑顔で振り向いた田中くんは、前に向き直ると自転車を漕ぐスピードを上げた。


***

しばらく自転車を走らせた私たちに見えてきたのは、橋の上に架かる大きな黄色いアーチだった。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
わぁ〜、綺麗な夕日〜!
田中 哲太
田中 哲太
やろ?
泉大津大橋いずみおおつおおはしから見る夕日、
吉岡にも見せたかってん
橋の上から眺める夕日は、海面にキラキラと反射して眩しい。まるで、オレンジ色の道が、夕日まで続いているみたいで幻想的だ。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
……今日は、本当にありがとう。
すっごい楽しくてあっという間だった
田中 哲太
田中 哲太
この街、好きになれそう?
吉岡 茉優
吉岡 茉優
……うん!
すごく温かい街で安心した。
今日は久しぶりによく眠れそう
田中 哲太
田中 哲太
久しぶりに?
吉岡 茉優
吉岡 茉優
実は、3年前に愛犬を亡くして
それから軽い入眠障害があるんだ。
田中 哲太
田中 哲太
寝つきが悪いってこと?
吉岡 茉優
吉岡 茉優
うん。なかなか眠れなくて、
どんどん朝に近づいて行く空の色を
怖いと思う日もあるけど……
田中くんの見せてくれたこの景色を思い出せば、今日はきっとぐっすり眠れると思うんだ。

そう告げようとした私を待たず、隣の田中くんは左手で私の手を握り、空いている右手で私の頭をポンポンと数回撫でた。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
……え?
田中 哲太
田中 哲太
おまじないやん。
吉岡が毎日よう眠れるように
夕日に照らされた田中くんの顔を見ながら、私の顔も夕日に照らされているであろうことにホッとする。

……だって今。
きっと、田中くんのせいで真っ赤だから。