家から一歩踏み出して、外の空気を肺いっぱいに吸い込めば、知らない街の匂いがする。
私、吉岡 茉優。高校1年生。
人より少しだけ内気な性格で、友達作りは大の苦手。
お父さんの仕事の都合で、ここ、大阪府泉大津市に引っ越してきたのが一昨日のこと。
そして、今日からこの街の学校に通うことになっている。
最近まで通っていた東京の学校はブレザーだったから、身にまとったセーラー服が何だかやけに落ち着かない。
───3月。
もうすぐ春休みを迎えるこの時期に転校なんて、私……クラスに馴染めるかな。
心細い気持ちになるといつも、愛犬の茶々丸を思い出す。茶々丸は私が小さい頃から、どんな時でもずっと一緒にいてくれた大親友。
……そんな茶々丸が死んで、もうすぐ3年。
茶々丸がいない寂しさがそうさせているのか、この数年、私は軽度の入眠障害に悩まされている。
そんなことを思いながら自転車のペダルを思い切り踏み込んだ。
***
先生の言葉に、みんなが「はーい」と声を揃えて返事をしながら、その視線が私に集中する。
……うぅ、人前って本当に苦手。
聞こえてきた声に視線を向ければ、笑顔で隣の席を指さす女の子と目が合う。
……良かった、気さくでいい子そう。
席に着くとすぐ、ニコリと笑いかけてくれた石井さんに、私も控えめに笑い返した。
***
一日、何だかんだと慌ただしく過ぎた。
授業の後はほとんど、各教科の先生に呼ばれて挨拶やら前の学校との授業内容の進捗確認。
お昼休みは、引越して来たばかりでまだ片付いていないこともあり、お母さんに”お弁当はいらない”と言ってしまったから、慣れない校舎をさ迷いながら購買に。
そして放課後。
担任に呼ばれて職員室へと向かった私は、時間割表など様々なプリントを渡されて説明を受けた。
ようやく教室に戻ってきたのはいいけれど、
教室にはもう誰一人残っていない。
結局、クラスの子たちとまともに話す時間を作れないままみんな帰ってしまったらしい。
……今日は金曜日。
明日から二日間の休み。
……初日からこの調子で、これからどうしよう。
朝よりずっと、不安になって来たよ。
***
───しかも。
帰宅途中に、あろう事か道に迷ってしまった私は、半泣き。
とことんツイてない。
突然、声をかけられて肩が跳ねる。
振り向けば確か同じクラスの……ええと、
ニッと笑う田中くんに、思わず泣きそうになる。
ずっと張りつめていた心が、田中くんの優しい言葉と笑顔に緩んでいく。
冗談半分に笑う田中くんに、思わず笑ってしまう。
慣れない街で、田中くんの優しさがじんわりと心に沁みていくのを感じた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!
転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。