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第1話

不安いっぱいの、転校初日。
5,516
2020/04/13 05:00
家から一歩踏み出して、外の空気を肺いっぱいに吸い込めば、知らない街の匂いがする。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
すぅ〜〜……はぁ
私、吉岡 茉優よしおか まひろ。高校1年生。
人より少しだけ内気な性格で、友達作りは大の苦手。

お父さんの仕事の都合で、ここ、大阪府泉大津市おおさかふいずみおおつしに引っ越してきたのが一昨日のこと。

そして、今日からこの街の学校に通うことになっている。

最近まで通っていた東京の学校はブレザーだったから、身にまとったセーラー服が何だかやけに落ち着かない。

───3月。
もうすぐ春休みを迎えるこの時期に転校なんて、私……クラスに馴染めるかな。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
……はぁ。
茶々丸ちゃちゃまるに会いたい
心細い気持ちになるといつも、愛犬の茶々丸を思い出す。茶々丸は私が小さい頃から、どんな時でもずっと一緒にいてくれた大親友。

……そんな茶々丸が死んで、もうすぐ3年。
茶々丸がいない寂しさがそうさせているのか、この数年、私は軽度の入眠障害に悩まされている。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
茶々丸を抱きしめて眠れば
ぐっすり眠れるのにな
そんなことを思いながら自転車のペダルを思い切り踏み込んだ。


***
先生
先生
言うわけで、
みんな吉岡と仲良うしたってや
先生の言葉に、みんなが「はーい」と声を揃えて返事をしながら、その視線が私に集中する。

……うぅ、人前って本当に苦手。
先生
先生
じゃあ、吉岡の席は石井の隣な
石井 美菜子
石井 美菜子
ここやで〜!
聞こえてきた声に視線を向ければ、笑顔で隣の席を指さす女の子と目が合う。

……良かった、気さくでいい子そう。
石井 美菜子
石井 美菜子
よろしくね!
吉岡 茉優
吉岡 茉優
こちらこそ
席に着くとすぐ、ニコリと笑いかけてくれた石井さんに、私も控えめに笑い返した。



***


一日、何だかんだと慌ただしく過ぎた。
授業の後はほとんど、各教科の先生に呼ばれて挨拶やら前の学校との授業内容の進捗確認。

お昼休みは、引越して来たばかりでまだ片付いていないこともあり、お母さんに”お弁当はいらない”と言ってしまったから、慣れない校舎をさ迷いながら購買に。
そして放課後。

担任に呼ばれて職員室へと向かった私は、時間割表など様々なプリントを渡されて説明を受けた。

ようやく教室に戻ってきたのはいいけれど、
吉岡 茉優
吉岡 茉優
いるわけない……よね
教室にはもう誰一人残っていない。

結局、クラスの子たちとまともに話す時間を作れないままみんな帰ってしまったらしい。

……今日は金曜日。
明日から二日間の休み。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
……結局、友達作れないままだぁ
……初日からこの調子で、これからどうしよう。
朝よりずっと、不安になって来たよ。


***


───しかも。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
あれ?……こっちじゃなかったっけ。
いや、あっちの道だっけ……?
どうしよう、これじゃ迷子だよ
帰宅途中に、あろう事か道に迷ってしまった私は、半泣き。

とことんツイてない。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
こうなったら、お母さんに電話して……
あ、でも。
ここどこって説明したら伝わるかな
田中 哲太
田中 哲太
……あれ?
おまえ転校生やんな?
こんなとこで何してんねん
吉岡 茉優
吉岡 茉優
わっ、
突然、声をかけられて肩が跳ねる。
振り向けば確か同じクラスの……ええと、
田中 哲太
田中 哲太
同じクラスの田中 哲太たなか てった
よろしくな
吉岡 茉優
吉岡 茉優
改めまして、吉岡 茉優です。
よろしくお願いします!
田中 哲太
田中 哲太
そんな堅苦しいのなしなし!
普通にタメ口で話してや?
てか、こんなところで何してんの?
吉岡 茉優
吉岡 茉優
あ……うん。
実は、道に迷っちゃって
田中 哲太
田中 哲太
家、どの辺なん?
吉岡 茉優
吉岡 茉優
この近くのはずなんだけど。
公園が近くにあって……確か、
田中 哲太
田中 哲太
この近くってことは
東雲公園か古池公園やな
吉岡 茉優
吉岡 茉優
……あ、そう!古池公園
田中 哲太
田中 哲太
ほな、家まで送ったるから
一緒に帰ろう
ニッと笑う田中くんに、思わず泣きそうになる。
ずっと張りつめていた心が、田中くんの優しい言葉と笑顔に緩んでいく。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
……いいの?
田中 哲太
田中 哲太
困ってるやつは無条件に助ける
それが俺のポリシーや
冗談半分に笑う田中くんに、思わず笑ってしまう。
吉岡 茉優
吉岡 茉優
ありがとう、田中くん
慣れない街で、田中くんの優しさがじんわりと心に沁みていくのを感じた。

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