呼吸が止まった。
瞬きも忘れ、肩に掛けたバッグがずり落ちていく。
胸が煩く鳴り、落ち着きを無くした身体は細かく震え始める。
血の気がスウッと頭から爪先まで抜けていく感覚が私を襲った。
視界がどんどん上から曇っていくようだった。
画面の向こう側で動くギョロ目と私の目が合っていないはずなのに、
見た瞬間に目が離せなくなった。
そして、声一つうまく出せなかった。
一度カメラのアングルが離れ、再び戻った時にはもうその姿は無かった。
『プシューッ』
電車が止まり、扉が開いた途端、私は電車を飛び出して走り出した。
恐ろしさだけで頭から震え死にそうだった。
下唇を強く噛んだまま、駅を出る。
向かう先は例のショッピングモール。
近づくにつれて黒いアスファルトの道が、ベージュのタイルの道へと変わっていく。
夢の中で勝己と共に行ったショッピングモール。
服を選んでくれたお店も、
オムライスのお店でランチしたのも、
苺のアイスクリームを食べたのも、
夕方に公園で母の形見のブローチをネックレスにしてプレゼントしてくれた事も、
私には妙にリアルに感じた。
そして、夢の中での思い出だというのに、今は徐々に端からホロホロと崩れていきそうだ。
風をきり、大きく足を踏み出し、手を振る。
これ以上早くなりはしないとは分かっていても、
私の足はさらに前へと求め続ける。
(もし、あんなところで騒ぎが起きたら…?)
私をおびき寄せる罠だという事は分かっていた。
ヘロインの姿を見た私がそのまま放置する訳がないことを分かっての事だろう。
前は平気だった全速力も今は心臓がバクバクと鼓動を鳴らし、肺は潰れるように痛い。
もし、あんなところで騒ぎが起きたら。
考えたくはない大惨事になる事は避けられない。
警察の中にもジッパーの手下が紛れているのも分かっている今、容易には通報出来ない。
まず相澤先生やオールマイト、雄英の先生方に伝えるのが先決だとしても、私の手元には携帯が無い。
連絡手段が無い。
(でも、誰に…?)
・
・
・
ショッピングモールの入口に入り、下の階の会場へと向かおうとしていた時だった。
広すぎるモール内のせいで正確に場所が頭に入っていない。
エレベーターは待つ時間が長いし、エスカレーターはかなり混雑している。
(階段で行くしか…)
『ドンッ』
曲がり角で大きな体にぶつかる。
弾かれた様に後ろに倒れ、尻もちをついた私はすぐに謝った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!