真っ暗で、何も見えない闇の中。
伸ばした指先のさす方向から、聞いた覚えある声がする。
ただ、
それは、
決してヒーローの声なんかじゃない。
(だ、れ…?)
いや、知ってる。この声、この口ぶり。
知ってる、ちゃんと。
ずっと、ずっとずっと前から。
私は鉄床に這い蹲ったまま、震える手足で前へと進む。
背後には血の尾が引かれている。
苦しくて、痛くて、身体はもう動けやしないのに。
それでも私を突き動かすのは、
ずっと貴方が誰なのか、
知りたかったから。
あの日、私がジッパーの研究施設から逃げ出した、" あの日 "。
『…誰、?』
と聞いた私に、
『さぁ?別に知らなくていいと思うけど。』
と、返されたせいで、貴方が誰なのか、ずっと分からなかった。
実験で打たれた薬の副作用で聴覚が鈍くなった私が、うまく声を聞き取れないのを横目に入れながら、
貴方はこう質問した。
『あぁ、そう。…なぁ、あんた、ここに居て面白いの?』
『…面白い…?』
『何にもない部屋でさ、何してるの。』
『考えた…こと、無い。何もして…な…い。』
『へぇ。(ニヤッ)』
フードを深く被る男がニヤッと笑うのが、垣間見えた。
私は視線だけを貴方に合わせ続けたんだ。
『じゃぁさ、ここから抜け出してみてよ。』
『…え』
『丁度暇してるんだよね。死にものぐるいでぼろぼろになって逃げてる姿を見たいわけ。』
『…』
『エンターテインメントだよ、エンターテインメント。』
『逃げ…る…?』
逃げたい。
今も、
………逃げたいよ。
何も無い真っ白な部屋から逃げられなかった、あの時。
真っ暗で狭くて冷たいトラックの中で、体の節々が潰れる様に痛くて藻掻いている、今。
何も変わらない。
『…無理、だ…よ。』
『どうして?』
『この、壁を、突…破す、る、力が、ない。』
『ははっ、』
急に笑い出した貴方は、光を失いつつある私の瞳を見下ろした。
それから、男の掌がガラスの壁に触れて…
溢れ出したんだ。
『パリーーーンッ』と、ガラスが飛び散って、私の体へと降り掛かったのが、
『……、っ!!』
息を飲むほど、綺麗だった。
今でも、
色褪せることなく、思い出せる。
決して、忘れることの無い、記憶。
いや、消してたまるものか。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。