誰かが、私を呼んでいる……
ぼんやりする意識の中で女性の声が聞こえた。
「はぁ…」と深いため息が聞こえて、女性がその場で膝をついたのが薄いカーテンから見えた。
カーテンにくるまり、しゃがみ込んだ私にゆっくりのテンポで話し続ける、お母さん。
声色は柔らかく、優しい。
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午後の事だった。
お母さんの仕事場について行き、そこにある幼稚園の様な施設の子供達と遊んでいる時だった。
下足室前のベンチで大人しい友達、キナコちゃんと座っていた。
そこから見える景色に興味を一切示さず、夢中になってお父さんの絵を描いていた。
私に話しかけてるとはつゆ知らず、私だと気づいて慌てて顔を上げた。
嫌な予感がして、落書き帳に滑らしていたクレヨンの手を止め、静かに綺麗に直した。
隣のキナコちゃんは私の袖を掴む。
その瞬間、私の落書き帳は宙に放り投げられ、
運悪くも、昨日降った雨で出来上がった水溜まりに音を立てて落ちた。
泥にまみれ、ズブズブと水に浸っていく、私の落書き帳。
キナコちゃんは私の落書き帳に手を伸ばそうとする。
そう言って、今にも泣きたい気持ちを必死に堪えて、キナコちゃんを止めた。
(お父さんの絵が…)
週に数回帰ってくる父の誕生日が今日。
せっかく準備したのに、
お父さんにあげようと思ったのに、
と思えば思うほど、喉の奥がぎゅっと締め付けられるようになる。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!