(そっか、違うかったのか…)
謎が深まるなか、轟くんは本をパタンと閉じて、鞄を背負うとゆっくり椅子から立ち上がった。
私はゆっくりベッドから足を下ろすと、轟くんを見送る為にスリッパに足を入れた。
轟くんは内線で話終えると、そのまま玄関に足を進めて行った。
こちらを振り返らない轟くんの背に、軽く手を振る。
轟くんは靴を履こうとしているのを止めた。
轟くんから目を離し、そこから見える寝室を覗き込む。
轟くんの物は何も無かった。
次に前を向いた時には轟くんが目の前に居て、
『ドンッ』
壁を背に轟くんに覆われても、目の前に居るのは変わりなかった。
私は怪我も既に治った腕を轟くんの前で見せたりして、笑った。
それでも轟くんは私から退かない。
少し長い前髪の間から轟くんの瞳が見える。
綺麗で、真っ直ぐで、鋭くて。
ビー玉みたいに綺麗だった。
でも、私が思ってるようなことを轟くんも考えてる訳が無い。
だって、こんなにも冷たい目をしている。
私は微笑を浮かべて、目の前に居る轟くんにそう言う。
二人称が "お前" に変わった時点で嫌な予感はしていた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!