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2019/12/12

第1話

序章💧君に聞いた物語*1
3月の雨空に、フェリーの出港を知らせる汽笛が長く響く。

巨大な船体が海水をおしのけていく重い振動が、
尻から全身に伝わってくる。

俺のチケットは船底に最も近い二等船室。
東京までは十時間以上の船旅で、到着は夜になる。

このフェリーで東京に向かうのは、人生で二度目だ。
俺は立ち上がり、デッキテラスへの階段に向かう。
「あいつには前科があるらしい」とか、
「今でも警察に追われているらしい」とか、
俺が学校でそんな噂をされるようになったのは、
二年半前の東京での出来事がきっかけだった。

噂をされること自体はどうゆうことでもなかったけれど、
(実際、噂になるのは当然だったと思う)
俺はあの東京での出来事を、島の誰にも話さなかった。

断片的に語ったことはあるけれど、
本当に大事なことは親にも友人にも警察にも話さなかった。

あの夏の出来事をまるごと抱えたまま、
俺はもう一度東京に行くのだ。
十八歳になった今、今度こそあの街に住むために。

もう一度あの人に会うために。

その事を考えると、いつでも肋骨の内側が熱を持つ。
頬がじわりと火照る。
早く海風に当たりたくて、俺は階段を上る足を速める。

デッキテラスに出ると、冷たい風が雨とともにどっと顔を打った。
その全部を飲み込むようにして、俺は大きく息を吸い込む。
風はまだ冷たいけれど、そこには
春の気配がたっぷりと含まれている。

ようやく高校を卒業したんだ___
その実感が、遅れた通知のように今さらに胸に届く。

俺はデッキの手すりに肘を乗せ、遠ざかっていく島を眺め、
風巻く空に目を移す。
視界のはるか彼方まで、数えきれない雨粒が舞っている。

そのとたん__ぞわりと、全身の肌が粟立った。

まただ。思わずきつく目を閉じる。
じっとしている俺の顔を雨が叩き、
耳朶には雨音が響き続ける。
この二年半、雨は常にそこにあった。
どんなに息を殺しても決して消せない鼓動のように。

どんなに強くつむっても完全な闇にはできない瞼のように。
どんなに静めても片時も沈黙できない心のように。
ゆっくりと息を吐きながら、俺は目を開ける。

雨。

呼吸をするうねる黒い海面に、雨が際限なく吸い込まれていく。

まるで空と海が共謀して、
いたずらに海面を押し上げようとしているかのようだ。
俺は怖くなる。
身体の奥底から震えが湧きあがってくる。
引き裂かれそうになる。
ばらばらになりようになる。
俺は手すりをぎゅっと掴む。
鼻から深く息を吸う。
そしていつものように、あの人のことを思い出す。

彼女の大きな瞳や、よく動く表情や、
ころころ変わる声のトーンや、
いつも真っ直ぐに下ろしている少し茶色まじった黒い長い髪を
そして、大丈夫だ、と思う。
彼女がいる。
東京で彼女が生きている。
彼女がいるかぎり、
俺はこの世界にしっかりつなぎとめられている。