先輩が去った後、陽太は何も言わずに家の中に入ろうとするから、あたしはそんな陽太の背中を引っ張った。
振り払われた手。陽太は再びさめざめとした目であたしを見据えた。
玄関までの門構え、柵は一歩隣というだけの距離。
陽太の家の前と言われると間違いでもないけど、どちらかといえばあたしの家の敷地前と表現した方が正しい。
えっ、なんで? っていうか、えーっと、どう反応したらいいのかわからない。
あまりにも不意打ちだった。
百合花が陽太に好意がある事はあたしの口から言う事じゃないし、かといって、それならこの場合なんて言えば角が立たないんだろう。
あたしは思わず視線を泳がした。
そんなあたしに釘でも刺す勢いで陽太はじっと見ている。
うぐ、鋭い奴め。こういうところ鈍感でいいんだけど……。
またバカ女って言われた。でも言い返せない。
あたしは苛立ちと焦りからこの場を立ち去りたくなった。
なんてジョークを言いながら、あたしは肘で陽太の脇腹を小突いた。
ジョークでも言って誤魔化そう魂胆だ。
陽太に噛み付く勢いでそう言った瞬間だった。
陽太はあたしの腕を掴んでグイッとあたしを引き寄せ、そのままーー。
あたしは陽太を思い切り突き放した。
あたしと陽太の間には、腰の高さの柵がある。それがガシャンと音を立てて揺れた。
あたしは陽太の頬を思いっきり引っ叩いた。
乾いた音とともに、陽太の頬を赤く染め上げていく。
本当に信じらんない……!
陽太のくせに、陽太のくせに……こいつあたしに、キスした!
あたしは苛立ちから口元を服の袖で拭った。
何度も、何度も。
子供の頃からずっと夢見ていた、ファーストキス。
そのキスはどんなシチュエーションでするんだろうってずっと想像してた。
だからこれは、違う。これはキスなんかじゃない。
あたしはひたすら口元を拭い続けながらその場を立ち去ろうとしたのに、今度は陽太があたしの腕を掴んでそれを止めた。
はぁー? いつの話してんのよ。
そう思いつつあたしは無視して陽太の腕を振り払おうとするけど、力強い陽太の手は振り払えない。
ゴシゴシと唇を擦り続けてると、鉄の味がして唇がヒリヒリする。
だけど、あたしはそんな痛みよりもあの感触を拭い去りたかった。
柔らかい人の肌の感覚ともまた少し違う、唇の感触。
ずっと幼なじみだと思ってた陽太の唇。
それが生々しくあたしの口元に居座っている。
陽太のつむじ、久しぶりに見た気がする。
陽太はあたしに向かって頭を深々と下げていた。
陽太のつむじを久しぶりに見た?
陽太ってあたしより身長低くなかったっけ?
いつの間に陽太はあたしの身長を追い越していたんだろう……?
あたしはただ、逃げるように陽太の手を振り払って家の中へと逃げ帰った。
部屋に入って外を確認してみると、陽太はじっとあの場所に立ち止まったまま、しばらく空を見上げていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。