映画、めちゃめちゃアクションで、正直そんなに面白いと思わなかったけど、それより何より、あたしは映画に集中できなくて、内容ほとんど覚えていない。
あたしがそう言うと、先輩はそっとあたしの手の中に先輩の手を重ねるように滑り込ませてきた。
そんな甘い囁きをしながら、先輩はあたしに額をコツンと合わせた。
……と同時にあたしは息を飲んだ。
そんなつもりは無かったんだけど。
というかそうじゃないんだけど、まぁ、いいや。
そう言って、先輩はあたしの髪にキスをした。
……と、その時だった。
あたし達が出てきたばかりの映画館から出てくるたくさんの人並みの中で、二人組の男性が先輩に声をかけた。
彼女と言われてあたしは背筋をシャンと伸ばした。
この二人、確か学校で見たことがある。健先輩と同じ学年の先輩達だ。
顔が赤くなってくるのを感じる。
彼女って言葉を聞いて、思わずテンパって変な自己紹介してしまった事を既に後悔してる。
先輩が友達に軽く蹴りを入れながら、二人を連れて再び映画館の中へと入っていった。
他の二人と勝手に比べてそう思いなおし、あたしは意を決した。
今日こそ何があってもキスをする、受け入れる、と。
先輩もあまり焦らさせるのはダメみたいだし、ここは思い切って。
そんな決意を胸にあたしが握りこぶしを作って気合いを入れていたそんな時だった。
百合花は急ぎ足であたしの元へとやって来た。
百合花の姿は見えるけど、陽太の姿はどこにもない。
さては映画が終わったから約束は果たしたとか言って帰ったとか……!?
それだと困る。約束は果たしたけど、ここからが本番なのに。
あたしと百合花は辺りを見渡した。
陽太は帰ったのかもって一瞬思ったけど、もし陽太が帰ったとしたら、この出口を出るはずだし、そこにはあたしがいるんだから陽太が出てきたのなら気づいたはずだ。
だから、陽太はいるはず!
そうこう噂をすれば出てくる。なんてタイミング。
百合花はほっとしたように微笑んだ。
陽太は再びあたしの方には振り向きもせず、百合花にだけそう言った。
あたしは陽太の腕をしがみつくように掴んだ。
すると陽太はさめざめとした視線を向けて、こう言った。
それ、あたしに言ってんのか!?
ついこないだまであたしの事好きだとか、ストーカーまがいなことまでしてた奴が!
あっ、でもこれはチャンスかも!
そしたら陽太は百合花を送って二人きりに出来るし、あたしは先輩と……♡
そう言って掴んでいた陽太の腕を離して、代わりに背中を叩いて百合花の隣に立たせた。
あたしは再び陽太の背中を押した。
百合花は顔を輝かせて陽太の隣を歩き出した。
あたしが百合花に手を振ると、百合花は一度振り向いて、手を振り返してくれた。
あたしは心の中で頑張れってエールを送りながら、二人の後ろ姿を見守った。
百合花が道路側を歩いていたけど、陽太はそっとさりげなく百合花と歩く立ち位置を変えて、道路側へと立った。
……陽太はそういうとこちゃんとするよね。なんて思いながら、どこか寂しさに似た気持ちが心の中をすぅーっと通り抜けた気がして、あたしは首を振った。
一番近くて、一番長い付き合いの幼なじみ。
百合花の隣に立つ陽太の背中は、どこか知らない人にも見えて、あたしはその背中から視線を逸らした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!