あたしと坪見くんは、駅の近くにあるショッピングモールを訪れた。
あちこちに、赤やピンクのハート型の風船が浮いている。広場には、大規模なチョコレートコーナーができていた。
もうすぐバレンタインデーだからね。
そして、あたしが坪見くんをここに誘ったのも、この時季ならではのお目当てがあったから。
運ばれてきたフォンダンショコラに、思わず頬がゆるむ。
あたしが坪見くんを誘ったのは、ショッピングモールのとあるカフェで、このフォンダンショコラを食べるため。
実はこれ、バレンタイン限定のメニューなんだ。
でも、ひとりでバレンタインのメニュー注文するのって、ちょっと恥ずかしいじゃん?
あ、友達がいないわけじゃないよ! みんなプライベートで忙しいから、誘えないだけ。
カレシいないの、あたしだけだから……。
ブラックコーヒーのホットしか頼まなかった坪見くんでも、あつあつチョコがとろけるフォンダンショコラのことは少し気になるみたい。
まあ、あげることはできないから、ごめんね。
心の中だけでそう言って、あたしはパクリとスプーンを口に含んだ。美味しすぎて一瞬気が遠くなる。
確かにあの後、爽介と帰ったけど、特に坪見くんについては話さなかった。
さすがの爽介も、自分の服のにおいかがれたこと知ったら、少しは引くと思うし。
あたしは改めて、坪見くんに聞いた。
この前みたいにビクッとはしなかったけど、坪見くんは困ったように目を伏せた。
でも、昨日とは違って坪見くんの口は開いた。
ほ、本当なんだ……。
あたしは心の中でちょっと驚いたけど、やっぱりそうか、という気持ちのほうが強かった。
恥ずかしそうだったけど、話してくれた。
爽介がコンビニを卒業したきっかけは、やっぱり坪見くんだったんだ。
一回坪見くんが作った弁当の中身を見たことがあるけど、どのおかずもすごく美味しそうだった。
そこに愛情も込められているなら、絶対に美味しいに違いない。
料理の最高の調味料は愛情だって聞いたことあるし。
あ、あまずっぺええええええええっ!
外見は男らしいのに、中身は超乙女じゃん!
ちょっと待てよ、乙女なら……。
坪見くんは、さびしそうに微笑んだ。
こんなピュアな恋、誰でも応援したくなるでしょ!
***
バレンタイン当日。
あたしは坪見くんが作ったお菓子を、
と言って渡すことに成功した。
本人は恥ずかしがり屋で名乗る勇気がなくて、とかなんとか理由を添えて。
放課後、校門前で待ち合わせしていた坪見くんに報告すると、いきなりあたしの手を握ってきた。
いつもお堅い顔してるから、笑顔が眩しすぎる!
でも、坪見くんのターンはまだ終わらない。
坪見くんが鞄の中から取り出したのは、爽介に渡したものと同じ、ピンクの箱だった。この中には、マカロンが入っているはず。
家に帰った後、さっそくあたしは箱を開けた。
綺麗に並んだ、色とりどりのマカロンは、まるで宝石のようだった。
マカロンって、作るのすごく難しいって友達が言ってたっけ。
坪見くんは爽介のために、こんなに綺麗なお菓子を作ったんだ……。
正直、あの爽介にはもったいなさすぎる。
あたしはまず、鮮やかなルビー色のマカロンを食べた。
サクッとした食感で、めちゃくちゃ美味しくて、箱の中はあっという間に空っぽになった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。