花火大会当日。
あたしは例年通り、幼なじみたちと隣町の花火大会に来た。
みんな元気そうだったし、花火大会も去年より人が来ていて、とてもにぎやかな雰囲気だった。
このお祭りムードが、毎年あたしの胃袋を刺激する……はずなのに。
目の前にチーズボールの屋台があっても、唐揚げのにおいを感知しても、見知らぬ人がクレープを食べている姿を見ても、なぜか食欲がわかない。
いつもなら、両手に食べ物を持っていないと落ち着かない、このあたしが……。
みんなは、まだまだ食べ物を買うみたいだし、このまま歩いても疲れるだけ。
あたしは、場所取りをして待機することにした。
カラフルなレジャーシートの上に座ったあたしは、大きなためいきをついた。
なぜおなかが空かないのか。
多分、坪見だ。
坪見が爽介と花火大会を楽しんでいるのか、そして上手く告白できるのか、気になって仕方ないんだ。
まさか、あたしの食欲にまで影響を及ぼすとは……。
顔をあげると、幼なじみのひとりである、知璃がいた。
小顔で、目はパッチリで、おしとやかで、おまけに胸も大きい。
中学校までは、休み時間いつもおしゃべりしてた。高校が違う今でも、たまにメールで話す仲だ。
確かに爽介はガッツリ関わってるけど、根本的な原因ではない。
知璃に坪見のこと話してないし、上手く説明もできない。
知璃、友達なのに隠しごとしちゃって、ごめん。
知璃が隣に座ってきた。
すると、ふとあることが聞きたくなった。
知璃は目を丸くしたけど、すぐに穏やかな表情に戻った。
キスって、あれだよね。
なんともいえない雰囲気の中で行う、超ロマンチックだけど恥ずかしい、あの行為だよね。
さすがに、坪見をそんな目で見たことはないけど、体温の急上昇を感じたことはある。
仲がいい友達だから?
もしそうだったら、坪見より付き合いが長い爽介の前でも、あの気持ちが起こるはず。
でも、爽介の前では感じたとこがない。
あたしは、もうひとつ聞いた。
知璃は苦笑いだったけど、真剣に考えてくれた。
その瞬間、あたしの心臓は大きく跳び跳ねた。
しばらくして、みんなが戻ってきて、一緒に花火を見た、と思う。
でもあたしは、そのときの記憶が全くない。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!