第5話

その日は突然
734
2021/05/27 23:00
一学期の期末テスト最終日。
夏限定のかき氷メニューを食べるために、あたしは坪見をファミレスに誘った。
丸本 リコ
おいしー!
イチゴと練乳の相性は、当たり前だけどマジでバツグン!

一口でテストの疲れが吹っ飛んだ。


おっと。今日はかき氷を食べに来ただけじゃなかった。久しぶりに坪見から相談に乗ってほしいって頼まれてたんだった。

それに、坪見のスプーン全然動いてないし、何かあったのかな。
丸本 リコ
で、今日の相談内容は?
坪見 健志
あ、ああ。その……
坪見 健志
田中に、想いを伝えたいと思っている
丸本 リコ
はあっ!?
反射的に叫んでしまったけど、ここはファミレスでお客さんもたくさんいるから、上手くかき消されて助かった。
丸本 リコ
ごめん。いきなりすぎて、ちょっとびっくりしちゃった
 とりあえず、理由を聞かなくては。
丸本 リコ
なんで、そう思ったの?
坪見 健志
それは……
坪見の視線がテーブルに逃げた。
丸本 リコ
……言葉で説明するのは、難しいよね
坪見 健志
すまない
ということは、今回の相談は告白の内容についてだな。


もうすぐ夏休み。
どこかに遊びに行ったときに……が一番告白するチャンスを作りやすいと思う。

あと、イベントがあれば誘いやすいよね。






そうだ!


夏休みのイベントなら、あれしかない!
丸本 リコ
ねえねえ
丸本 リコ
花火大会に誘ったらどうかな
坪見 健志
8月上旬に、県庁所在地で開催されるものか
確かにこのあたりで開催されるのはそれが一番大きいし、有名だ。

でも実はもうひとつ、同じ日に行われる花火大会がある。
それは、毎年あたしと爽介が小学校時代の幼なじみたちと行く、隣町の花火大会だ。何もなければ、爽介はこっちの花火大会に行く予定を立てているはず。
丸本 リコ
坪見は終業式までに、爽介をその花火大会に誘いなよ
そしてあたしは、爽介が坪見の誘いを断らないように、幼なじみたちに上手く話をつける。

もちろん、坪見のことは伏せてね。
坪見 健志
わかったが……
坪見 健志
上手くいくだろうか
丸本 リコ
大丈夫
丸本 リコ
爽介はいいヤツだもん。坪見の誘いを断らないよ
坪見 健志
ありがとう、リコ
嬉しそうに微笑む坪見を見たとき、なぜかまた、胸に痛みが走った。



何でだ?
普通、誰かが嬉しそうだったら、あたしだって嬉しくなるはずなのに。


じゃあ、坪見のことが嫌いだから?

それはぜっっっったいにありえない!


けど、痛みの原因がわからない。

坪見 健志
リコ?
我に返ると、坪見が心配そうにあたしの様子をうかがっていた。

あたし、そんなにすごい顔してたのか……。
丸本 リコ
ごめんごめん!
丸本 リコ
なんかあたしも緊張しちゃって

今は忘れよう。

いつか必ず、わかる日が来る。

***


坪見は見事、爽介を花火大会に誘うことに成功した。

坪見が爽介を誘った日の放課後、爽介がそのことについて相談しに来た。

あたしは、みんなにはあたしが説明しておくから、一緒に行ってきなよと背中を押しまくった。

幼なじみはみんな、爽介のことが好きだからこそ、爽介のプライベートも応援している。爽介が来れない理由を伝えたら、なぜかみんな、感動していた。





夏休みに入り、あたしと坪見はデパートを訪れた。


花火大会といえば、やっぱり浴衣だよね!

あたしは着たことないけど、爽介と花火大会に行く作戦を立てたときから、坪見はすごく似合いそうだと思ってた。

案の定、試着のときは何度も感嘆のため息がもれた。

どの浴衣も似合っていたけど、坪見は縦縞しじら模様の濃紺の浴衣と黒鼻緒の雪駄を買った。

自分のものを買ったわけじゃないど、本当にいい買い物ができたと思った。
丸本 リコ
昼食どうする?
坪見は腕時計を見た。
坪見 健志
まだ少し早いな……
丸本 リコ
じゃあせっかくだし、色々見てみようよ
坪見 健志
そうだな
男子とウィンドショッピングなんて、まるでデートみたい。

でもあたしって、オシャレに無頓着だから、特に欲しいものは……。
丸本 リコ
あっ
ふと、アクセサリー店の前で足が止まった。


黄色の花をたくさんあしらったヘアピン。


思わず手に取ってしまった。
坪見 健志
何かあったか
丸本 リコ
ちょっと気になって……
丸本 リコ
これ、マーガレットかな
実は、可愛いものは好き。
だけど、自分には似合わないから、ながめるだけで満足なんだ。

あたしはヘアピンを元の位置に戻した。
すると、今度は坪見が手に取った。
坪見 健志
これは、デイジーだな
坪見 健志
……ちょっと待っててくれ
そしてそのまま、レジに向かった。

何で!? って思ったけど、もしかしたら妹がいるのかな。

坪見の妹か……すごく美人そう。


会計が終わった坪見が戻ってきたので、聞いてみた。
丸本 リコ
坪見って、妹いるの?
坪見 健志
妹はいないが、兄はいる
丸本 リコ
えっ?
じゃあ何で……あ、お母さんか!
丸本 リコ
お母さん、絶対喜ぶよ
坪見 健志
……何にだ?
丸本 リコ
何って、さっき買ったヘアピン
すると、坪見はふっと笑みをこぼした。
坪見 健志
これは、リコに似合うと思って買ったんだ
坪見 健志
今までのお礼もしたかったしな
丸本 リコ
ええっ!?
何で!?
丸本 リコ
あ、あたし、ピン付けるのヘタクソだし、そもそもそんな可愛いもの似合わないし……
坪見 健志
それなら、俺が付けよう
丸本 リコ
そういう問題じゃない!
それでも坪見は、小さな紙袋から、あのヘアピンを取り出した。
坪見 健志
少しじっとして
あたしは、その言葉に従うことしかできなかった。
坪見の顔が少し近づいただけで、身体が一気に熱くなる。

カラオケ店で肩を貸したときと同じだ。
坪見 健志
できたぞ
坪見 健志
ほら、鏡を見てみろ
アクセサリー売場にあった鏡を見てみると、あたしの耳元の上で、黄色の花が輝いていた。


あたしが付けても、こんなに綺麗なんだ……。
坪見 健志
似合ってるぞ
多分、坪見は笑った。
でもあたしは、その顔を見ることができなかった。


ヘアピンに見とれていたから、だと思う。

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