話したことはないけど、実はあたし、彼を知っている。
彼の名前は、坪見 健志。爽介の友だちだ。
背が高くてがっしりしてて、運動部の爽介よりも男らしい体格をしてる。
運動もできそうなのに帰宅部らしい。なんてもったいない。
坪見くんの腕の中にある爽介のブレザーを見ているうちに、あたしは坪見くんについて色々思い出した。
高校に入学したばかりの頃、爽介の昼食はコンビニのおにぎりや惣菜パンだった。
でも、一学期の中頃から、坪見くんと仲良くなった爽介は、昼食に彼の手作り弁当を食べるようになった。
体育の時間も、ふたりはいつもペアを組んで練習や試合をしている。
移動教室もふたり並んで向かっている姿をよく見かける……。
と、とりあえずブレザーを渡してもらおう。
動揺が伝わらないように、普通のトーンで坪見くんに話しかけた。
坪見くんは、すんなりブレザーを差し出した。
坪見くんの肩がビクッとはねた。
一応フォローのつもりだったんだけど……。
これは、もしかしたら、本当にそうなのか?
頭の中でぐるぐると考えているうちに、あたしの口は勝手に開いた。
坪見くんからは想像できない高い声が出て、一気に顔が真っ赤になった。
何か言いたそうだけど、言葉を見つけられなくて口ごもってるっぽい。
これは、恋愛経験ゼロのあたしでもわかる。
でも、超プライベートでデリケートなことだし、これ以上の詮索はしちゃいけない。
さりげなくそれだけ言って、あたしは教室を後にした。
***
次の日の昼食時間、あたしはいつも通り4組で友だちと食べた。
ちらっと坪見くんの様子をうかがったけど、彼もいつも通りだった。
坪見くんを観察(?)してみると、爽介の前だとすごく表情が豊かになってることがわかった。
そりゃあ、好きな人と一緒にいたら嬉しいし楽しいだろうな。
あたしは、好きな人いたことないけど……坪見くんを見てると、幸せオーラが伝わってくる。
って、まだ坪見くんが爽介のこと好きっていう根拠はないんだけどね!
その日は4組と合同の体育がなかったため、特に関わることなく放課後になった。
ところが教室を出ると、坪見くんがいた。
腕組みして、眉間にシワを寄せてる。
待ちぶせのターゲットは、多分あたしだな……。
坪見くんはあたしに気づくと、すぐ声をかけてきた。
あれ? あたし名前教えたっけ。
これは、断れない流れ。まあ、話してはみたいし、ちょっと付き合ってみるか。
そうだ!
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!