校舎の靴箱前で、気がついた。
帰りの電車の時刻を確認しようと、スクールバッグの中をあさっても、スマホが出てこない。
「めんどい」という感情が、大きなため息になった。
今日はツイてない。
まず、数学の宿題をやり忘れた。
数学が大の苦手なあたしにとって、宿題の提出率は命綱。
数学の先生はまだ優しいから、最終下校時刻までは待つと言ってくれた。超ギリギリになったけど、無事に職員室で受け取ってもらえた。
そしてあたしは、そのまま靴箱に向かって……。
1年生の教室は三階。さっき全速力で職員室に向かった疲労で、あたしの両足はすでにパンパン。
でも、目覚まし時計も兼任しているスマホがないと、明日起きられない。
あたしは仕方なく、階段へ足を運ぼうとした。
後ろを振り向くと、幼なじみの爽介がいた。バスケ部のジャージ姿だし、多分部活が終わった直後かな?
すると、爽介はププッと吹き出した。
イラッとするけど、定期テストで常に上位に入る爽介には、何も言えない。
あたしが赤点回避できるのも、いつも勉強を教えてくれる爽介のおかげだからね……。
ブレザーか。
確かに今日は、2月にしては暖かかった。
今は気温が下がってくる夕方だけど、運動部の男子だったら、ブレザーはいらないかも。
でも、登校する朝は寒いんだよね。
あたしは3組で爽介は4組。それにあたしは、毎日4組で友だちと昼食を食べてるから、爽介の席も知っている。
そう言って、爽介は更衣室のほうへ走っていった。
部活が終わった直後なのに、あんなに速く走れるなんて、元気だなあ。
それに比べてあたしは、階段の上り下りだけで息切れするババアだよ。
***
息を整えながら、あたしは三階までたどり着いた。3組の教室に行くと、机の上に置き忘れていたスマホを発見。
あとは、隣の4組に行ってブレザーを回収するだけ。すぐ4組に向かい、戸を開けようとした。
でも、戸の窓から教室内が見えた途端、あたしの身体は硬直した。
教室は空じゃなかった。
ひとりの男子がいた。
彼が立っているのは、一番左端の列の真ん中の席。
そこは、爽介の席だった。
その机の上に、爽介のブレザーはなかった。
爽介のブレザーは、彼に優しく抱き締められていた。
な、何じゃありゃあ!
確実に見てはいけないものを見てしまったぞ、あたし!
ふとこっちを向いた彼と視線が交わっても、その場から動けなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!