前の話
一覧へ
次の話

第1話

彼の秘密を知った日
2,481
2021/04/29 23:00
校舎の靴箱前で、気がついた。

帰りの電車の時刻を確認しようと、スクールバッグの中をあさっても、スマホが出てこない。
丸本 リコ
教室戻んなきゃ……
「めんどい」という感情が、大きなため息になった。



今日はツイてない。
まず、数学の宿題をやり忘れた。

数学が大の苦手なあたしにとって、宿題の提出率は命綱。

数学の先生はまだ優しいから、最終下校時刻までは待つと言ってくれた。超ギリギリになったけど、無事に職員室で受け取ってもらえた。

そしてあたしは、そのまま靴箱に向かって……。
丸本 リコ
階段上りたくねえ……
1年生の教室は三階。さっき全速力で職員室に向かった疲労で、あたしの両足はすでにパンパン。

でも、目覚まし時計も兼任しているスマホがないと、明日起きられない。

あたしは仕方なく、階段へ足を運ぼうとした。
田中 爽介
リコー!
後ろを振り向くと、幼なじみの爽介そうすけがいた。バスケ部のジャージ姿だし、多分部活が終わった直後かな?
丸本 リコ
部活お疲れ
田中 爽介
おう! 今日も走りまくったわ
田中 爽介
って、何でまだ帰ってないんだ?
丸本 リコ
数学の宿題忘れてさ、さっき終わったばっかなの
すると、爽介はププッと吹き出した。
田中 爽介
なるほどな。大変だったろ~
イラッとするけど、定期テストで常に上位に入る爽介には、何も言えない。

あたしが赤点回避できるのも、いつも勉強を教えてくれる爽介のおかげだからね……。
丸本 リコ
まあ、提出できたからいいんだけど、教室にスマホ忘れちゃって
田中 爽介
奇遇だな。俺も教室にブレザー忘れたんだよ
ブレザーか。
確かに今日は、2月にしては暖かかった。

今は気温が下がってくる夕方だけど、運動部の男子だったら、ブレザーはいらないかも。

でも、登校する朝は寒いんだよね。
丸本 リコ
それなら、スマホのついでにブレザーも取ってくるよ
田中 爽介
いいのか?
あたしは3組で爽介は4組。それにあたしは、毎日4組で友だちと昼食を食べてるから、爽介の席も知っている。
丸本 リコ
うん。だから早く着替えてきなよ
田中 爽介
サンキュー! それじゃあ、校門前で待ってるからな
そう言って、爽介は更衣室のほうへ走っていった。


部活が終わった直後なのに、あんなに速く走れるなんて、元気だなあ。

それに比べてあたしは、階段の上り下りだけで息切れするババアだよ。
丸本 リコ
さてと、回収しに行きますかー

***


息を整えながら、あたしは三階までたどり着いた。3組の教室に行くと、机の上に置き忘れていたスマホを発見。

あとは、隣の4組に行ってブレザーを回収するだけ。すぐ4組に向かい、戸を開けようとした。

でも、戸の窓から教室内が見えた途端、あたしの身体は硬直した。




教室は空じゃなかった。

ひとりの男子がいた。

彼が立っているのは、一番左端の列の真ん中の席。

そこは、爽介の席だった。

その机の上に、爽介のブレザーはなかった。












爽介のブレザーは、彼に優しく抱き締められていた。


な、何じゃありゃあ!
確実に見てはいけないものを見てしまったぞ、あたし!

ふとこっちを向いた彼と視線が交わっても、その場から動けなかった。

プリ小説オーディオドラマ