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『バタンッ』
私が先に車の助手席に座った後、運転席のドアが開いて天野くんが乗り込む。
にっこりと笑みを浮かべ、声色も優しかったのに…
一気に声のトーンだけが下がった。
何も言い返せない。
身体の向きだけ若干天野くんの方へ向け、視線を運転席のメーターなどに送っていると、
今度は天野くんが私の顔を覗き込む。
緩やかにエンジンがかかると、すぐにスーパー隣の駐車場を出た。
天野くんは私が絡まれていたところを助けた後、私が車に乗り込むまで全く話をしなかった。
ずっと黙ったまま、でも貼り付けた笑顔だけは健在だった。
(痛い所ついてきたな…いや、天野くんの事だから言ってくるだろうな、とは思ってたけど!)
私を煽るように嫌味を言ってくる訳だが、悔しくもそれは本当の事だし、しかも彼には迷惑を掛けた上に助けて貰った。
文句なんぞ言えるはずがない。
言えるはずはないのだが…
(でもさぁ、でもさぁ…)
赤信号で止まる度に私の方に顔を向けては言い続ける彼に対し、私はバレないようにフロントガラス先の景色に目を細めた。
(さっき、「もういいよ」って言ってたじゃん!!!)
(…確かにそうだよね。爽やかに現れて、平気な顔して助けてくれたけど、本当は息切らしてまで走って探してくれてたかもだし…)
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!