天野くんは携帯のキーボードを叩きながら、「ん〜…」と無気力な声を漏らす。
(バイトしてないんだ…大学生なら結構な割合でしてるって聞いたんだけどなぁ…)
『ギクッ』
私は営業用の笑顔が絶えてしまいそうなのを、珈琲の注がれたカップを口元に持って来て隠す。
クラスでも学校終わりにバイトしてる子は多い。
特に飲食店は。
天野くんは自分が聞いてきたくせに、適当に相槌を打つ。
確かに、幼馴染・桧原 カズオミはバイトをしていない。
私みたいに一人暮らしもしておらず、かなり遠いが自宅から高校に通っている。
私が一人暮らしをする事をお母さん達に許してもらう為、口裏を合わせて、
今は桧原も一人暮らしをしている事になっている。
(お母さんには悪いけどね…)
バレた後に慌てて電話を掛けてくるお母さんの様子が目に浮かぶ。
私はそれだけを返すと、端にカーテンが追いやられた大きな窓に視線をやる。
(今日は天気も良いし、クリーニングに制服出しに行くか…)
視線を目の前の天野くんに戻しても、天野くんは未だ携帯をいじっている。
(人の話、聞けよ…!)
天野くんは携帯をテーブルの上に置き、手を合わせると「頂きます。」と呟く様に言った。
天野くんはおかずを口に運んだ後、私に冷蔵庫の中のバターを要求した。
『ガチャンッ』
冷蔵庫の中の瓶類が揺れて、互いにぶつかる音が聞こえた。
そして、私にはこの冷蔵庫を開ける度に頭を抱えている問題がある。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。