瞼をギュッと閉じて、深く息を吐く。
出る勇気モドキは幾らでもあるのに、私の足は本当の勇気によって動かされる事は無かった。
『ガチャッ…ギギィッー…』
隣の個室が開いた音がして、『岩塩』というあだ名を聞いて誰なのか分かった。
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女の子の荒々しい声が続いて居たが、暫くして女子トイレを出ていく足音が聞こえた。
私はゆっくりと個室の鍵を開ける。
手を隅々まで洗う目の前の女の子は、鏡越しで私に視線だけやると、
とだけ応えた。
手洗い場に並んだ2人の姿が背の姿見に映る。
塩見さんの長い前髪が目元にかかる。
気まずく思った私は、洗った手をハンカチで拭きながら声をかけた。
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少し濡らした塩見さんの前髪をストレートアイロンでくるんと巻いていく。
蒸発した水分が塩見さんの髪から白いもやとなって逃げていく。
ポーチから取り出した鏡を塩見さんに手渡すと、塩見さんは何度か目をしばしばさせた。
それから私の顔をじっと見つめる。
放課後の教室。
机の上にコンパクトタイプのストレートアイロンと霧吹きが並べてある。
私は塩見さんの前髪を最後に軽くワックスで整えて、「はい、完成〜!」と伝えた。
私の前で伏せ目がちの彼女に夕日の光が窓から差し込む。
ほんの少し開いた窓から風が吹き込んで、
カーテンが微かに揺れた。
私は何故か、
震えてしまいそうな声で聞いてしまった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!