第35話

秋晴 フミカside
1,007
2020/03/22 17:00
秋晴 フミカ
女子
おーい、誰ですかー?
女子
フミカちゃんなら出て来て下さーい、なんちゃって!
女子
やめなよ、本当にいたらどうすんの!
女子
いいから、いいから!
取り敢えず、誰ですかー?
秋晴 フミカ
…っ、
瞼をギュッと閉じて、深く息を吐く。

出る勇気モドキは幾らでもあるのに、私の足は本当の勇気によって動かされる事は無かった。
秋晴 フミカ
っっ、





『ガチャッ…ギギィッー…』
あなた

女子
なんだ、岩塩じゃん。
女子
びっくりしたぁ。
あなた

隣の個室が開いた音がして、『岩塩』というあだ名を聞いて誰なのか分かった。
秋晴 フミカ
塩見 あなたさん…?
あなた

ねぇ、────








女の子の荒々しい声が続いて居たが、暫くして女子トイレを出ていく足音が聞こえた。

私はゆっくりと個室の鍵を開ける。
秋晴 フミカ
塩見、さん…
手を隅々まで洗う目の前の女の子は、鏡越しで私に視線だけやると、
あなた

どうも。

とだけ応えた。
秋晴 フミカ
あなた

手洗い場に並んだ2人の姿が背の姿見に映る。

塩見さんの長い前髪が目元にかかる。

気まずく思った私は、洗った手をハンカチで拭きながら声をかけた。
秋晴 フミカ
塩見さん、前髪長いんだね。
邪魔になったりしない?
あなた

…別に、そうでもないよ。
そもそも秋晴さんみたいに前髪巻いたりとか、出来ないし…

秋晴 フミカ
え、ならフミカが教えるよ!
フミカ流で良いなら、だけど!






秋晴 フミカ
目、閉じて、しーちゃん。
あなた

ん…

少し濡らした塩見さんの前髪をストレートアイロンでくるんと巻いていく。

蒸発した水分が塩見さんの髪から白いもやとなって逃げていく。
秋晴 フミカ
あとちょっと……よし、
あなた

秋晴 フミカ
はい、しーちゃん!
ポーチから取り出した鏡を塩見さんに手渡すと、塩見さんは何度か目をしばしばさせた。

それから私の顔をじっと見つめる。
あなた

なんか、可愛い…秋晴さんは凄いね。

秋晴 フミカ
違う違う、これはしーちゃんが可愛いだけ。
あなた

いつもこんなの持ち歩いてるんだ。

秋晴 フミカ
うん、誰が見てるか分かんないし、前髪は崩れやすいから。
ちっちゃくてコンパクトでしょ、このストレートアイロン。
あなた

うん……あの、さっきから思ってただけど、

秋晴 フミカ
ん〜?
あなた

『しーちゃん』って何?

秋晴 フミカ
塩見さんだから、『しーちゃん』。
…あれ、嫌だった?
あなた

いや、嫌じゃないけど。
今まで言われた事無かったから。

秋晴 フミカ
そーなんだ。
今度から塩見さんの事、『しーちゃん』って呼ぶからね?
よろしく!
あなた

うん。

放課後の教室。

机の上にコンパクトタイプのストレートアイロンと霧吹きが並べてある。


私は塩見さんの前髪を最後に軽くワックスで整えて、「はい、完成〜!」と伝えた。
あなた

秋晴 フミカ
どう?
あなた

可愛い。
自分じゃないみたい。

秋晴 フミカ
前髪だけで印象変わるからね〜!
あなた

…秋晴さんって凄い。

秋晴 フミカ
え?
あなた

こういう小さい所まで抜け目なくやってる所が。

秋晴 フミカ
いやいや、大袈裟!
でも、ありがとう!
しーちゃんは褒めるのが上手なんだね!
あなた

いや、違うよ。
秋晴さんの頑張りをそのままに褒めてるんだけど。

秋晴 フミカ


私の前で伏せ目がちの彼女に夕日の光が窓から差し込む。


ほんの少し開いた窓から風が吹き込んで、

カーテンが微かに揺れた。
秋晴 フミカ
ねぇ、しーちゃん、

私は何故か、



震えてしまいそうな声で聞いてしまった。
秋晴 フミカ
どうして、あんな事…言ってくれたの?

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