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『ブルルルル…』
いつもなら大して気にも留めない音も、静かな車内では自然と耳に入る。
赤いヘルメットを被ったバイク乗りが俺の車の隣に一時停止し、頭上の赤信号を見上げていた。
俺はぼんやりとその光景を眺めながら、窓枠に右肘をつき、
ハンドルに置いた左手を軽く握り直した。
そう返したのも束の間で、既に前方には駅の名前のロゴと行き交う人々の姿があった。
グルッとハンドルを回すと、静かに車が道路に添いながら曲がっていく。
同居人の彼女が登下校に利用している駅でもあり、
彼女が下校時に寄るスーパーの1つが近くにある駅でもある。
どうやら、下校時に1人で行く事もあるようだ。
スーパーなんて、1軒だけを利用すれば良いものを、
彼女はテーブルの上に並べては何枚ものチラシと睨めっこをしながら買う物をピックアップしていく。
(そういえば、俺が適当に買って来てって行った時も色んな売場回ってたなぁ。)
彼女曰く、曜日や時間帯、スーパーによっては売っている商品にも特色があるらしい。
途切れ途切れに紡がれた言葉が、助手席に座った元カノの口から出ていく。
目的地に着いたというのに、
一向に車から下りる気配が無いのと、
俺の体調やら生活やらをやたらと気にする元カノの様子に目を細める。
(なに、ヨリ戻したいってこと?)
出会った頃の塩対応を極めていた元カノの姿は無く、助手席には付き合っていた当時よりも一層綺麗になった元カノが座っている。
人に執着する性格じゃなかったのに。
俺のせいで変わっちゃったとか?
まぁ、人の懐に無配慮でズケズケ入ろうとするところは変わってないけど。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!