第63話

天野 カエデside
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2021/03/29 14:00






『ブルルルル…』
天野 カエデ
小芝 チハル

いつもなら大して気にも留めない音も、静かな車内では自然と耳に入る。

赤いヘルメットを被ったバイク乗りが俺の車の隣に一時停止し、頭上の赤信号を見上げていた。


俺はぼんやりとその光景を眺めながら、窓枠に右肘をつき、

ハンドルに置いた左手を軽く握り直した。
小芝 チハル
その…ごめんね。
天野 カエデ
ん?
小芝 チハル
駅まで送って貰っちゃって。
天野 カエデ
あぁ〜、良いよ、別に。
気にしないで。

そう返したのも束の間で、既に前方には駅の名前のロゴと行き交う人々の姿があった。

グルッとハンドルを回すと、静かに車が道路に添いながら曲がっていく。
天野 カエデ
はい、着いたよ。
小芝 チハル
え、あ、ありがとう。案外早かったね。
天野 カエデ
うん。この辺りは最近帰りに寄る事が増えたから近道知ってるの。
小芝 チハル
『増えた』?
天野 カエデ
うん。
小芝 チハル
何処に寄るの?
天野 カエデ
スーパーとか。

同居人の彼女が登下校に利用している駅でもあり、
彼女が下校時に寄るスーパーの1つが近くにある駅でもある。

どうやら、下校時に1人で行く事もあるようだ。



スーパーなんて、1軒だけを利用すれば良いものを、

彼女はテーブルの上に並べては何枚ものチラシと睨めっこをしながら買う物をピックアップしていく。



(そういえば、俺が適当に買って来てって行った時も色んな売場回ってたなぁ。)



彼女曰く、曜日や時間帯、スーパーによっては売っている商品にも特色があるらしい。
小芝 チハル
またお弁当とか買って食べてるの?
それじゃ栄養偏るよ?
天野 カエデ
まぁね。でも、今は別に大丈夫かな。
小芝 チハル
良ければ、私が作りに行こうか?
この後予定無いし、
天野 カエデ
なんで?
小芝 チハル
え?
天野 カエデ
チハルはもう俺の彼女じゃないのに、なんで俺のこと心配してくれるのかなーって。
小芝 チハル
な、なんでって… …そ、そう、だよ、ね………ごめん。

途切れ途切れに紡がれた言葉が、助手席に座った元カノの口から出ていく。
天野 カエデ
うん。
小芝 チハル
…カエデの言う通り、彼女ではないけど…心配しちゃ駄目?
天野 カエデ
目的地に着いたというのに、

一向に車から下りる気配が無いのと、

俺の体調やら生活やらをやたらと気にする元カノの様子に目を細める。



(なに、ヨリ戻したいってこと?)



出会った頃の塩対応を極めていた元カノの姿は無く、助手席には付き合っていた当時よりも一層綺麗になった元カノが座っている。


人に執着する性格じゃなかったのに。

俺のせいで変わっちゃったとか?


まぁ、人の懐に無配慮でズケズケ入ろうとするところは変わってないけど。


天野 カエデ
そんな訳ないじゃん。
気にかけて貰えて嬉しくないやつとか居ないよ。

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