彼女が重度の方向音痴だという事が分かってから、
数日が経った。
シンクとコンロが付いたアイランド型のカウンターキッチンに足を進めると、
その向こう側では彼女が忙しなく2人分の朝食とお弁当を準備している。
『パカッ』
俺の返事を聞くと直ぐに杓文字を片手に炊飯器を開け、茶碗に真っ白な炊きたての白米をよそった。
彼女がスムーズに俺に手渡せるよう、手を差し出しながら「ありがとう。」とお礼を言う。
今度は自分の分のご飯を茶碗によそおうとして炊飯器の釜の中を覗き込んでいた彼女が、納得したのか、ふと顔を上げた。
俺がニヤッと笑ってみせると、彼女は少し目を細めて応えた。
彼女は壁に掛けられたカレンダーに一度視線を送る。
体育祭は6月の中旬。
各学年の各クラスが4つのカラーの団に分かれ、様々な競技で上位を勝ち取り、点数を稼いで勝敗を決める。
システム的には普通の高校と変わらないが、毎年異常な程に盛り上がりを見せる。
その理由は、ユニークな競技内容の数々にあるわけだが。
今日の職員会議では、実際に出た競技案の内容チェックや団分け等を話し合う予定みたいだ。
(まぁ、その前に…)
その青春ビッグイベントの1つを目前に、
誰しもが嫌な顔をするあの期間が迫りつつあるのも事実だった。
俺は食卓の席に着きながら、白飯の入った茶碗をランチョンマットの上に置いた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!