・
・
・
天野くんのワインレッドの車の前で、
私は見送りにわざわざ駐車場まで足を運んで来てくれた森下さんに頭を下げる。
森下さんはにっこり笑って、「良いんだ、気にしないで。」と首を振った。
フミカが私を思って森下さんに話を通してくれた事で、
森下さん直々にラジオのパーソナリティーとして私が復帰するかも知れないと番組側のスタッフにも話をしてくれたそうだ。
(なのに…)
___私は断った。
元からラジオ番組のパーソナリティーには戻るつもりは無かったし、
フミカがこの前誘ってくれた時もNoの返事を出した。
ここに来たのも、修学旅行費が期日までに余裕を持って納められるのか不安だった私を見兼ねて、
フミカが森下さんと話せば良いと作ってくれた場だ。
(きっと森下さん、私が復帰すると思って、その返事とか聞きに来てくれたんだろうな…)
一瞬でも元居た仲間が戻って来るかも知れない、なんて事を耳にすれば、
どう考えてもその先の未来図には森下さんとフミカ、
そして私が仲良く番組を作っている図を思い浮かべるだろう。
そう考えを巡らせれば巡らせる程、
私の心中は言いようのない痛みが全面いっぱいに染み渡って響く。
穏やかに笑った森下さんは、
その後、私に車に乗るように促し、
『コンコン』
と、車の窓を小さくノックした。
慌てて窓を開けると、
森下さんが吹き付けた夕暮れの風にソフトハットが飛ばないように頭上で抑えながら、
私と視線を合わせる。
『チラリ』
運転席に座る天野くんに目配せをする森下さんに、
私は目を丸くして聞き返す。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!