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2021/11/23

第1話

夏を終わらせなかった声
私は水野ナツネ。季節の夏に、音楽の音と書いてナツネ。
この春から高校生で、今日、学校の制服が家に届いた。
だから、お父さんとお母さんもリビングに揃って、今はお披露目の時間。
ナオキ「おお、似合ってるね。可愛いよ。なあ、カオリ」
カオリ「そうよね、ナオ。感動しちゃう」
ナツネ
ナツネ
お父さんもお母さんも大げさ。通うのは二人の母校なんだから、制服なんて見慣れてるでしょ
カオリ「あら、そんなことないわよ。同じ制服でも、昔と今じゃ印象がまるっきり違うわ」
ナオキ「それに、時代も今じゃ令和だからね。お父さんたちとナツネで、感じ方も変わると思う。もちろん、お母さんだって可愛かったんだよ?」
カオリ「あら、うれしい」
ナツネ
ナツネ
相変わらずラブラブだね
カオリ「なっちゃん、学校で彼氏ができたら、いつでも報告しにいらっしゃいね」
ナオキ「そ……そこはできれば報告してほしくないな……」
お父さんとお母さんは、しつこいくらいに仲がいい。
時々うんざりすることもあるけど、私はそんな両親がなんだかんだで好き。
カオリ「高校生の頃、懐かしいわぁ。あの日から、もうそんなに時間が経ったのね」
ナオキ「少し前のことだとばかり、思ってたんだけどねぇ」
あの日というのは、お父さんが高校最後の夏、お母さんへ告白した時のこと。
二人はその日のことを今でも、私に惚気として語ってくる。
正直しつこい。
でもその話で、私はつくづく思うんだ。
声って、心まで動かしちゃう力があるんだなぁ、って。
お父さんとお母さんはその日、地元の野球場にいたんだって。
ナオキ
ナオキ
おはよう、カオリ
カオリ
カオリ
遅いよ、ナオ
お父さんの名前、本当はナオキっていうんだけど、お母さんはいつもナオって呼んでる。
今の呼び方は、その時もだったみたい。
その日はお父さんが、初めて野球の試合に出れるかも、って日だったの。
最後の大会で、ようやく補欠メンバーに入れたんだってさ。
そしてその日が、1回戦当日。
カオリ
カオリ
ちゃんと応援してるから、エラーや三振、しないでよね
ナオキ
ナオキ
試合に出れるかは、微妙だけどね
カオリ
カオリ
そんなこと言わないの
ナオキ
ナオキ
でもまさか、カオリが僕の応援に来てくれるとは思わなかったよ
カオリ
カオリ
友達の集大成だよ? 私の分までしっかり活躍してもらわなきゃ
お父さん、すごく張り切っていたらしいんだ。
お母さんは怪我をしちゃって、そのまま部活を引退したみたいだから、なおさらだったみたい。
ナオキ
ナオキ
ありがとう、がんばらなきゃな
カオリ
カオリ
その調子、その調子。いってらっしゃい
ナオキ
ナオキ
……あのさ
カオリ
カオリ
ん?
ナオキ
ナオキ
もし僕が今日、試合に出れたら、ちょっと時間くれないかな?
カオリ
カオリ
いいけど、何かあるの?
ナオキ
ナオキ
えっと、そのぉ……応援してくれるっていうから、そのお礼がしたくて
カオリ
カオリ
ふーん、わかった。じゃあ私、球場近くの公園で待ってるね
ナオキ
ナオキ
ありがとう。すぐに行くから
だけど試合は、5回の表が終わって12対2。
裏の攻撃が0点だったら、お父さんたちのチームが負けで終わっちゃう。
その時お父さんは、まだ出場してすらいなかった。
だからバックネット裏、お母さんはずっと、お父さんが出てくるのをひたすら祈ってたみたい。
カオリ
カオリ
ナオ、やっぱり出れないのかなぁ。監督さん、お願いだからナオを出してよ
審判
ストライク、バッターアウト!
カオリ
カオリ
ワンアウト……
審判
アウト!
カオリ
カオリ
ツーアウト……あ、監督さん出てきた。ひょっとして代打出すの!? ナオ!?
審判
代打、桑原くん
カオリ
カオリ
ナオ……じゃなかった……
最後になるかもしれない打席、出てきたのは2年生の桑原さん。
お父さんの苗字は水野だから、全然違う。
カオリ
カオリ
監督さん、なんで出してくれないの? 私知ってるんだよ。ナオはずっと玉拾いでも、後輩がサボった雑用だって、全部を一生懸命にやってた
審判
カウント、ツースリー!
カオリ
カオリ
なのに、こんなのないよ。ナオの夏を、あっけなく終わらせないでよ。私は嫌だよ
審判
……ボール、フォアボール!
幸いにも、桑原さんは出塁してくれたみたい。
すると……
審判
代打、水野くん
カオリ
カオリ
キタ!
ここでお父さんが出てくるの。
お母さん、その場で立ち上がるくらい嬉しかったんだって。
でもお父さんはその時、すごく緊張していたらしいんだ。
全く気が気じゃなかったって話してた。
審判
プレイ!
カオリ
カオリ
ナオ、がんばって
審判
ストライク、ワン!……ストライク、ツー!
お父さんは空振りばかりで、すぐに追い込まれた。
するとお母さん、躍起になっちゃって、周りなんかお構いなしに叫んだらしいの。
カオリ
カオリ
ナオー! 諦めるなー! がんばれー!
そしたらね、そのあとのお父さんがすごいんだ。
次の来た球めがけて、バットを思い切り振ったんだって。
そしたら、カキーン! ってすごい音が鳴って、お父さんの引っ張ったボールが飛んでって飛んでって飛んでって、なんと外野スタンドまで届いちゃったみたいなの!
……まあ、打球は逸れちゃったらしいんだけど。
審判
ファール!
カオリ
カオリ
ナオー! その調子ー!
球場から、どよめきや拍手も起きたんだって。
でも、これからやるぞ、って時にだよ?
審判
アウト!
カオリ
カオリ
……えっ?
1塁ランナーの桑原さんが、牽制でアウト。
結果、ゲームセット。
お父さんの初打席は、結局なしで終わっちゃったんだ。
お母さん、待ち合わせた公園にお父さんが来るまで、ずうっと怒ってたんだって。
カオリ
カオリ
もう、なんなのあのピッチャー! 卑怯じゃない! 最後くらい、正々堂々と勝負すればいいのに!
ナオキ
ナオキ
いや、しょうがないよ。あれもれっきとした戦略だし、卑怯でもないから
カオリ
カオリ
桑原君も桑原君よ! 先輩の初打席を邪魔するなんて!
ナオキ
ナオキ
だから、しょうがないって。桑原も謝ってくれたし、わざとじゃないよ
カオリ
カオリ
怒ったらいいじゃない! なんで怒らないの?
ナオキ
ナオキ
……なんでだろうね
カオリ
カオリ
もう知らない! 帰る!
ナオキ
ナオキ
え、ちょっと。時間くれないの?
カオリ
カオリ
気が変わったの。今日はさっさと寝る
ナオキ
ナオキ
……そっか。しょうがないね
カオリ
カオリ
……しょうがなくないわよ
ナオキ
ナオキ
えっ?
カオリ
カオリ
さっきからしょうがないばっかり! ナオは……ナオは優しすぎるのよ! 気を遣って、気を遣って、それすらも仇で返されたのに誰にもぶつけない!
ナオキ
ナオキ
な、なんで僕にまで怒るのさ
カオリ
カオリ
桑原君が謝ってるところ、聞いてたのよ! ナオ、最後かもしれない打席を、桑原君に譲ってたんでしょ!
ナオキ
ナオキ
そ、それは……僕はお情けで入れた身だから、申し訳ないと思って
カオリ
カオリ
じゃあ、あのファールは何なのよ! 打ちたかったんでしょ? 出たかったんでしょ? それなのになんで……なんでそこまでお人よしなのよ! もう大嫌い!
ナオキ
ナオキ
ま、待って!
カオリ
カオリ
嫌だ! もう待ったって……もう来ないのよ! ナオの夏も、私の夏も!
ナオキ
ナオキ
どうしたんだよ急に。なんでいきなり夏が出てくるんだよ
カオリ
カオリ
だって最後じゃない! 高校最後の夏なのよ!? しかもナオにとっては最初でもあるじゃない! なんでワガママにならないのよ。こんなヤツを応援してたと思ったら、すごく私が情けなくなるじゃない! だって私なんか、今年の夏を始められてもいないんだから!
ナオキ
ナオキ
カオリ……
カオリ
カオリ
嫌だ! なんで……なんでこれが終わりなのよぉ!
でもそんなお母さんを見て、お父さんはわかったらしいの。
ボールが飛んだあの瞬間、支えてくれたのはまぎれもなく、目の前にいるこの子の声なんだ。
でも自分を支えてくれたこの子にも、支える人が必要なんだ、って。
だから、とにかく支えたい一心で……
お母さんをそっと抱きしめたらしいわ。
カオリ
カオリ
ナオ?
ナオキ
ナオキ
最後じゃないよ。僕は正直、追い込まれた時点でもう諦めてた。でも、そんな弱い心を吹き飛ばす、声が聞こえたんだ。それで僕は…………まだ終わりたくないって思った
カオリ
カオリ
ナオ……
ナオキ
ナオキ
カオリの夏は、まだ終わってない。僕が終わらせない
カオリ
カオリ
それって……
ナオキ
ナオキ
カオリ、僕はあなたが好きです。恋人になってください
カオリ
カオリ
……もう、なんでこんなところでわがまま出すのよ。これじゃあ、断れないじゃない
ナオキ
ナオキ
ということは……
カオリ
カオリ
はい。よろしくお願いします、ナオ
そして何年もの夏が過ぎたあと、ここにいる私が生まれたってわけ。
お母さんの応援が、お父さんの夏を終わらせなかった。
そしてお父さんの告白で、お母さんの夏が始まった。
……私にも、そんな夏が来るのかな。
ナオキ「ん? ナツネ、どうしたの?」
ナツネ
ナツネ
え? ああ、制服着たら、実感湧いてきちゃって。高校生になるんだ、と思ったら、なんだか緊張しちゃった
大丈夫よ。なっちゃんにも、きっといい夏が来るわ。だって、私たちの子どもなんだもの
えっ、ひょっとして私、声に出してた?