第12話

銀河鉄道の夜七 北十字とプリオシン海岸3
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2021/12/25 11:00
カムパネルラ
カムパネルラ
おや、へんなものがあるよ
カムパネルラが、不思議ふしぎそうに立ちどまって、いわから黒い細長ほそながいさきのとがったくるみののようなものをひろいました。
カムパネルラ
カムパネルラ
くるみのだよ。そら、たくさんある。ながれて来たんじゃない。いわの中にはいってるんだ
ジョバンニ
ジョバンニ
大きいね、このくるみ、ばいあるね。こいつはすこしもいたんでない
カムパネルラ
カムパネルラ
早くあすこへ行って見よう。きっと何かってるから
 二人ふたりは、ぎざぎざの黒いくるみのちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手のなぎさには、なみがやさしい稲妻いなずまのようにえてせ、右手のがけには、いちめんぎん貝殻かいがらでこさえたようなすすきのがゆれたのです。
 だんだん近づいて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡きんがんきょうをかけ、長靴ながぐつをはいた学者がくしゃらしい人が、手帳てちょうに何かせわしそうに書きつけながら、つるはしをふりあげたり、スコップをつかったりしている、三人の助手じょしゅらしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図さしずをしていました。
大学士
そこのその突起とっきをこわさないように、スコップを使いたまえ、スコップを。おっと、も少し遠くからって。いけない、いけない、なぜそんな乱暴らんぼうをするんだ
 見ると、その白いやわらかないわの中から、大きな大きな青じろいけものほねが、横にたおれてつぶれたというふうになって、半分以上はんぶんいじょうり出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、ひづめの二つある足跡あしあとのついたいわが、四角しかくに十ばかり、きれいに切り取られて番号ばんごうがつけられてありました。
大学士
君たちは参観さんかんかね
その大学士だいがくしらしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。
大学士
くるみがたくさんあったろう。それはまあ、ざっと百二十万年まんねんぐらい前のくるみだよ。ごく新しい方さ。ここは百二十万年前まんねんまえ第三紀だいさんきのあとのころは海岸かいがんでね、この下からはかいがらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水しおみずせたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこ、つるはしはよしたまえ。ていねいにのみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまのうし先祖せんぞで、むかしはたくさんいたのさ
ジョバンニ
ジョバンニ
標本ひょうほんにするんですか
大学士
いや、証明しょうめいするにるんだ。ぼくらからみると、ここはあつ立派りっぱ地層ちそうで、百二十万年まんねんぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層ちそうに見えるかどうか、あるいは風か水や、がらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい、そこもスコップではいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつもれてるはずじゃないか
 大学士だいがくしはあわてて走って行きました。
カムパネルラ
カムパネルラ
もう時間だよ。行こう
カムパネルラが地図と腕時計うでどけいとをくらべながらいました。
ジョバンニ
ジョバンニ
ああ、ではわたくしどもは失礼しつれいいたします
ジョバンニは、ていねいに大学士だいがくしにおじぎしました。
大学士
そうですか。いや、さよなら
大学士だいがくしは、またいそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。
 二人ふたりは、その白いいわの上を、一生けんめい汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。いきも切れずひざもあつくなりませんでした。
 こんなにしてかけるなら、もう世界せかいじゅうだってかけれると、ジョバンニは思いました。
 そして二人ふたりは、前のあの河原かわらを通り、改札口かいさつぐち電燈でんとうがだんだん大きくなって、まもなく二人ふたりは、もとの車室のせきにすわっていま行って来た方を、まどから見ていました。

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