第17話

銀河鉄道の夜 九 ジョバンニの切符 2
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2022/01/29 11:00
車掌
よろしゅうございます。南十字サウザンクロスきますのは、つぎだい三時ころになります
車掌しゃしょうは紙をジョバンニにわたしてこうへ行きました。
 カムパネルラは、その紙切れが何だったかちかねたというようにいそいでのぞきこみました。ジョバンニもまったく早く見たかったのです。ところがそれはいちめん黒い唐草からくさのような模様もようの中に、おかしな十ばかりの字を印刷いんさつしたもので、だまって見ているとなんだかその中へまれてしまうような気がするのでした。すると鳥捕とりとりが横からちらっとそれを見てあわてたようにいました。
鳥捕り
おや、こいつはたいしたもんですぜ。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符きっぷだ。天上どこじゃない、どこでもかってにあるける通行券つうこうけんです。こいつをおちになれぁ、なるほど、こんな不完全ふかんぜん幻想第四次げんそうだいよじ銀河鉄道ぎんがてつどうなんか、どこまででも行けるはずでさあ、あなた方たいしたもんですね
ジョバンニ
ジョバンニ
なんだかわかりません
ジョバンニが赤くなって答えながら、それをまたたたんでかくしに入れました。そしてきまりがわるいのでカムパネルラと二人ふたり、またまどの外をながめていましたが、その鳥捕とりとりの時々たいしたもんだというように、ちらちらこっちを見ているのがぼんやりわかりました。
カムパネルラ
カムパネルラ
もうじきわし停車場ていしゃじょうだよ
カムパネルラがこうぎしの、三つならんだ小さな青じろい三角標さんかくひょうと、地図とを見くらべていました。
 ジョバンニはなんだかわけもわからずに、にわかにとなりの鳥捕とりとりがきのどくでたまらなくなりました。さぎをつかまえてせいせいしたとよろこんだり、白いきれでそれをくるくるつつんだり、ひとの切符きっぷをびっくりしたように横目よこめで見てあわててほめだしたり、そんなことを一々考えていると、もうその見ず知らずの鳥捕とりとりのために、ジョバンニのっているものでも食べるものでもなんでもやってしまいたい、もうこの人のほんとうのさいわいになるなら、自分があの光る天の川の河原かわらに立って百年つづけて立って鳥をとってやってもいいというような気がして、どうしてももうだまっていられなくなりました。ほんとうにあなたのほしいものはいったい何ですかとこうとして、それではあんまり出しけだから、どうしようかと考えてふりかえって見ましたら、そこにはもうあの鳥捕とりとりがいませんでした。網棚あみだなの上には白い荷物にもつも見えなかったのです。またまどの外で足をふんばってそらを見上げてさぎるしたくをしているのかと思って、いそいでそっちを見ましたが、外はいちめんのうつくしい砂子すなごと白いすすきのなみばかり、あの鳥捕とりとりの広いせなかもとがった帽子ぼうしも見えませんでした。
カムパネルラ
カムパネルラ
あの人どこへ行ったろう
カムパネルラもぼんやりそうっていました。
ジョバンニ
ジョバンニ
どこへ行ったろう。いったいどこでまたあうのだろう。ぼくはどうしても少しあの人にものわなかったろう
カムパネルラ
カムパネルラ
ああ、ぼくもそう思っているよ
ジョバンニ
ジョバンニ
ぼくはあの人が邪魔じゃまなような気がしたんだ。だからぼくはたいへんつらい
ジョバンニはこんなへんてこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今までったこともないと思いました。

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