第6話

銀河鉄道の夜 四 ケンタウル祭の夜 2
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2021/11/13 11:00
 空気はみきって、まるで水のように通りや店の中をながれましたし、街燈がいとうはみなまっ青なもみやならえだつつまれ、電気会社の前の六本のプラタナスの木などは、中にたくさんの豆電燈まめでんとうがついて、ほんとうにそこらは人魚のみやこのように見えるのでした。子どもらは、みんな新しいおりのついた着物きものて、星めぐりの口笛くちぶえいたり、
子どもら
ケンタウルス、つゆをふらせ
さけんで走ったり、青いマグネシヤの花火をしたりして、たのしそうにあそんでいるのでした。けれどもジョバンニは、いつかまたふかくびをたれて、そこらのにぎやかさとはまるでちがったことを考えながら、牛乳屋ぎゅうにゅうやの方へいそぐのでした。
 ジョバンニは、いつか町はずれのポプラの木が幾本いくほん幾本いくほんも、高く星ぞらにかんでいるところに来ていました。その牛乳屋ぎゅうにゅうやの黒いもんをはいり、牛のにおいのするうすくらい台所だいどころの前に立って、ジョバンニは帽子ぼうしをぬいで、
ジョバンニ
ジョバンニ
今晩こんばん
いましたら、家の中はしいんとしてだれもいたようではありませんでした。
ジョバンニ
ジョバンニ
今晩こんばんは、ごめんなさい
ジョバンニはまっすぐに立ってまたさけびました。するとしばらくたってから、年とった女の人が、どこかぐあいがわるいようにそろそろと出て来て、何か用かと口の中でいました。
ジョバンニ
ジョバンニ
あの、今日、牛乳ぎゅうにゅうぼくんとこへ来なかったので、もらいにあがったんです
ジョバンニが一生けんめいいきおいよくいました。
年とった女の人
いまだれもいないでわかりません。あしたにしてください
その人は赤いの下のとこをこすりながら、ジョバンニを見おろしていました。
ジョバンニ
ジョバンニ
おっかさんが病気びょうきなんですから今晩こんばんでないとこまるんです
年とった女の人
ではもう少したってから来てください
その人はもう行ってしまいそうでした。
ジョバンニ
ジョバンニ
そうですか。ではありがとう
ジョバンニは、お辞儀じぎをして台所だいどころから出ました。
 十字になった町のかどを、まがろうとしましたら、こうのはしへ行く方の雑貨店ざっかてんの前で、黒いかげやぼんやり白いシャツが入りみだれて、六、七人の生徒らが、口笛くちぶえいたりわらったりして、めいめい烏瓜からすうり燈火あかりってやってるのをました。そのわらい声も口笛くちぶえも、みんな聞きおぼえのあるものでした。ジョバンニの同級どうきゅう子供こどもらだったのです。ジョバンニは思わずどきっとしてもどろうとしましたが、思いなおして、いっそういきおいよくそっちへ歩いて行きました。
ジョバンニ
ジョバンニ
川へ行くの
ジョバンニがおうとして、少しのどがつまったように思ったとき、
ザネリ
ジョバンニ、ラッコの上着うわぎが来るよ
さっきのザネリがまたさけびました。
みんな
ジョバンニ、ラッコの上着うわぎが来るよ
すぐみんなが、つづいてさけびました。ジョバンニはまっ赤になって、もう歩いているかもわからず、いそいで行きすぎようとしましたら、そのなかにカムパネルラがいたのです。カムパネルラはきのどくそうに、だまって少しわらって、おこらないだろうかというようにジョバンニの方を見ていました。
 ジョバンニは、にげるようにそのけ、そしてカムパネルラのせいの高いかたちがぎて行ってまもなく、みんなはてんでに口笛くちぶえを吹ふきました。町かどをがるとき、ふりかえって見ましたら、ザネリがやはりふりかえって見ていました。そしてカムパネルラもまた、高く口笛くちぶえいてこうにぼんやり見えるはしの方へ歩いて行ってしまったのでした。ジョバンニは、なんともえずさびしくなって、いきなり走りだしました。すると耳に手をあてて、わあわあといながら片足かたあしでぴょんぴょんんでいた小さな子供こどもらは、ジョバンニがおもしろくてかけるのだと思って、わあいとさけびました。
 まもなくジョバンニは走りだして黒いおかの方へいそぎました。

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