第36話

トレーニング
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2020/06/09 03:26
『あぁ、きついなぁ…』
思い立ったが吉日。

二時間前、家に帰った私は、制服から動きやすい服に着替えて公園に来ていた。体育祭に向けて、トレーニングをするためだ。
(…トレーニングと言っても名ばかりで、今まで運動してなかった分を取り戻してるだけなんだけど…)
運動不足の極みの生活を続けていた私にとっては動き続けるのは結構な労働だけれど、運動神経にはあるていどの定評───とくにトレーニングはしていなかったけれど小学校では六年間リレーで補欠だったくらいの────があるので、おそらく体が動くことを思い出せば三週間後には随分とよくなるだろう。
(どうせやるなら、やれるだけやりたいもんね)
『よしっ、再開するか!』
ペットボトルの水を一口飲むと、私は公園の周りで走り込みを始めた。
───────
『…はぁ…そろそろ、終わりかな……』
午後6時40分。夢中になっていたが、辺りがすっかり暗くなったのに気付き、私はベンチの上に放ってあったパーカーを羽織ると家に向かって歩き出した。
『トレーニングのしかたとかわからないから、適当にやってみちゃったけど、ホントはあんまりよくないんだろうな』
家に帰ったらYouTubeでトレーニングのしかたを検索してみよう───そう思って、最後の曲がり角を曲がったとき。
『あ』
「あ?」
『爆豪くん』
きっと夕食前のランニングに行っていたのだろう、タンクトップ姿の爆豪くんがそこにはいた。
『こんばんは。爆豪くんも体育祭に向けてのトレーニング?』
「これはいつでもやっとるわ」
『そうなんだ!さすがヒーロー科』
爆豪くんは首にかけていたタオルで汗をふくと、「てめぇは準備か」と此方を見ずに言った。
『うん。今まで全然運動していなかったから、どうにかしなきゃと思って』
「はっ、無駄だわ。急なトレーニングは自分の体に負担掛けるだけだクソが」
『でも、さすがにこのままで体育祭に出るのはちょっと…』
「違ぇわ。やり方変えろって言ってんだよ」
『……え?』
爆豪くんはいきなり私に手を伸ばすと、パーカーを奪い私の体を見回した。はたから見れば変態だ。←
『えっ、と、爆豪くん?』
「てめぇは全体的に筋肉付けろや、個性の前に基の体が出来上がってなきゃ使える個性も使えねぇんだよ」
『そ、そうだよね!私もそう思ってたんだけど』
「でメニュー変えろ。初心者の我流なんて危険なだけだ。とりあえずこれやれや怪我女」
『(また呼び名が変わった…)』
私がそんなことを思っているうちに、爆豪くんはズボンのポケットからおそらくトレーニングメニューであろう綺麗に畳まれた一枚の紙を取り出すと、持っている私のパーカーのポケットに入れた。
「オラはよ失せろ」
爆豪くんはそう言って、私にパーカーを投げてよこした。
『あ、ありがとう!』
たくましい彼の背中を見ながら、私は「ほんとにいい人だなぁ」としみじみ思うのだった。

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