急に、碧衣という人が俺の病室から飛び出した。
そんな、恵麻の声も無視して出て行ってしまった。
俺がそう言うと、恵麻が俺が座っているベッドの
前まで近付いてきた。
恵麻は突然、手を上げた。
そして...
バチン!
俺の頬を、強く叩いた。
恵麻はそれだけ俺に告げて、碧衣という人を
追いかけていった。
恵麻の目には涙が浮かんでいた。
拳をぎゅっと握って何かを堪えているようだった。
九条はそう言って笑った。
そこで、「あれっ?」と思う。
「俺の好きな人は、人のことを笑うような人
じゃなかったよな?」と。
ドンッ!
突然、壁を叩く音がした。
音の聞こえる方を見ると、そこには立夏がいた。
滅多に怒らない立夏が、怒っているように見えた。
立夏は、声を荒げた。
俺はただ、呆然と立夏を見ていた。
あの、立夏が。
滅多に怒らない、大人しい立夏が。
声を荒げて怒った。
本気で怒った。
あの、立夏が。
今までで1番、大きな声だった。
もう、俺は何も言えなかった。
立夏の迫力に、押された。
九条さんはそう言って、悔しそうに病室から
出て行った。
そこから、少しの沈黙が続いた。
俺は、その沈黙を壊せないでいた。
すると、立夏が話し出した。
え...?
立夏は自分の制服のズボンをぎゅっと握った。
恵麻と、同じだ。
何かを堪えている。
恵麻と立夏は、今どんな気持ちでいるのだろう。
え...?
立夏の顔は真剣だった。
もし、立夏の言うことが正しければ、俺はとんでも
なく酷いことをした。
いや、「もし」じゃない。
立夏は嘘をつかないって知ってる。
だから、俺は...
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!