至近距離で見下ろしてくる芳くんの
切なげに寄せられた眉や揺れる瞳を見たら、
なぜだか胸が締めつけられた。
なにも言えずに見つめ合っていると、
しばらくして芳くんはため息をつく。
ばつが悪そうな顔で、
芳くんは私の頭を撫でてくる。
あの、去る者は追わず、
来る者は拒まずの芳くんが!?
驚愕していると、
芳くんは私の心を読んだように苦笑いする。
本気……。
その言葉に私はまたドキドキして、
呼吸の仕方すら忘れてしまう。
思考が働かないでいると、
その隙を突くように芳くんは私を抱き上げた。
私を抱えたまま芳くんが向かう先には、
ベッドがある。
嫌な予感がして芳くんを見上げると、
意味深な笑みが返ってきた。
芳くんは私をベッドに横たわらせると、
上に覆い被さってきた。
聞いたほうが恥ずかしくなる答えが
返ってくるに違いないから。
頬を熱くしながらぶんぶんと首を横に振っていると、限界とばかりに芳くんはぶっと吹きだす。
芳くんは慰めるように頭を撫でてくる。
それから隣にごろんと寝転がって、
私を腕の中に閉じ込めた。
いやいやいや、眠れるはずがない!
そうは思いながらも、芳くんの体温に
包まれているうちに、うとうとしてくる。
自分以外の鼓動がまるで子守唄のように
聞こえてきて、瞼を閉じたとき──。
寝落ちする寸前に鼓膜を揺さぶった甘い声に
導かれて、私は夢の世界へと旅立った。
芳くんと暮らすようになって、一週間。
目が覚めると、隣から芳くんの
規則正しい寝息が聞こえてくる。
最近では一緒に寝るのがすっかり
当たり前になっていた。
私は芳くんを起こさないように
そっとベッドを抜け出し、
平日なので制服に着替えると、
その上からエプロンをして朝食を作る。
そして、
私が食事をお皿に盛りつけ始めた頃……。
私の背後から身を屈めて、
手元をのぞき込んできたのは芳くんだ。
制服に身を包んではいるものの、
髪はまだ跳ねている。
これも一緒に暮らすようになって知ったのだけれど、芳くんは朝食後、歯磨きをするときに
髪をセットするのが習慣らしい。
芳くんいわく、髪のセットは外行きモードに
切り替えるためのスイッチなのだとか。
そう言って、
芳くんがお皿に手を伸ばしたとき──。
ピーンポーンとインターフォンが鳴り、
芳くんは「俺が出るよ」と言って、
料理を作っている私の代わりに玄関に向かう。
お言葉に甘えて、私が料理の盛りつけを
再開し始めると聞き覚えのある声がした。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。