私は透の質問には答えずに続ける。
それだけ言って席を立つと、
私は懐かしい実家の廊下を歩いて
玄関にやってくる。
そこで靴に履き替えていると、
予想外なことにお父さんが追いかけてきた。
素直に好意を受け取ったのは、
お父さんの顔に罪悪感が滲んでいたからだ。
本当なら「許せない!」って
罵るところなのだろうけれど、
不思議と怒りはわかなかった。
それはきっと、私がひとりじゃないからだ。
穏やかな気持ちでお父さんを見つめていると、
廊下の先にあるリビングの扉が荒々しく
開け放たれる。
最後に念を押してくるお義母さんを透が止める。
そんな親子の姿を眺めながら、
私は透に向かって首を横に振る。
そう言って、ドアノブに手をかける
私の背中に透の声がかかる。
諦めるとかじゃ、ないんだよ……。
私は前を向いたまま、はっきりと
自分の意思を伝える。
私は悲しいだけの繋がりに『さよなら』を
して、ドアを開け放つ。
失ったものは大きいはずなのに、
不思議と心は軽い。
──芳くんに会いたい。
その一心で、私は一度も振り返らずに
芳くんへと続く道を全力で走った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!