第13話

13話 ありのままで、いられる人
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2019/11/05 04:09
え……?

どこからか声がしたと思った瞬間、
誰かに後ろから抱きしめられる。

鼻腔を掠める花のような香りは
私の髪からただようものと同じで、
抱き寄せてきたのが誰なのかを瞬時に悟った。
あなた

芳くん?

宮内 芳
宮内 芳
せーかい。それにしても、あなたに
必要なのは金よりも家族だってのに
血も涙もないよね、この人たち
芳くんは一部始終を見ていたのか、
微笑を浮かべたまま毒を吐く。
お父さん
お父さん
なんなんだ、きみは!
怒っているお父さんを前にしても、
芳くんはシレッとした態度で私の手を握り
踵を返す。

そのまま私を引っ張るようにして、
下駄箱に向かって歩き出した。
宮内 芳
宮内 芳
血の繋がりはないけど、
俺はあなたの家族ですよ
お義母さん
お義母さん
家族? 
それなら戸籍上は私たちのことよ。
それにあなたは高校生でしょう? 
なにを言っているの?
戸籍上……。

その言葉に胸がちくりと痛む。

悔しいけれど、お義母さんから
突きつけられた自分の立場に傷ついていると、
芳くんはぴたりと足を止めた。

それから繋いでいた私の手を強く握り、
芳くんは笑みを消して、お父さんたちを振り返る。
宮内 芳
宮内 芳
俺らは戸籍なんて紙っぺらよりも深く心で繋がってんの。あなたの親だろうが、あなたを傷つけるなら俺が守るだけだ。
芳くんはそう言い捨てると、
再び私の手を引いて進む。


芳くん、ありがとう。
今ここにあなたがいてくれて、
本当によかった。


目の前の背中が普段よりも
大きく見えた気がして、
私は芳くんの存在を頼もしく思っていた。




帰り道、お義母さんの冷たい言葉を
忘れられないでいると、少し前を歩きながら
私の手を引いていた芳くんがくるりとこちらを向く。
宮内 芳
宮内 芳
これから、デートしない?
あなた

え?

宮内 芳
宮内 芳
ね、絶対楽しいから
芳くんは返事を待たずに、
私の手を引いて駆け出す。

行き先を尋ねる間もなく連れてこられたのは、
映画館だった。
宮内 芳
宮内 芳
あなた、見たい映画ある?
あなた

ううん、特にないよ

宮内 芳
宮内 芳
じゃあさ、俺見たいやつがあるんだけど
付き合ってくんない?
私よりもはしゃぎながら、
芳くんが選んだ映画は……。
宮内 芳
宮内 芳
ぶっ、くく……あなた、つけまつげが
風で吹き飛ぶなんて、実際にあるの?
まさかのコメディ映画だった。

お腹を押さえながら、くすくすと笑っている
芳くんに脱力してしまう。


どんより気分のまま、
つけまつげが吹っ飛ぶ映像を見せられて……。

もう、悩んでたのがバカらしくなっちゃう。


強風のせいでかつらがぱたぱたと
はためく姿や、奥さんと喧嘩をして
次の日にお弁当箱に入っていたのが
離婚届だった……などなど。

爆笑映像を見て文字通り
爆笑している芳くんにつられて、
私もこっそり笑みをこぼすのだった。




星が煌く夜空の下を芳くんと歩きながら、
私たちは先ほど見た映画の感想で
盛り上がっていた。
あなた

まさか、芳くんがコメディ好きとは。
だから、テレビでもお笑い番組ばっかり
見てたんだね

宮内 芳
宮内 芳
そうそう。好きなんだよ、お笑い。
でも、そんなに意外?
俺って、映画ならなにを見てそうな
イメージだったの?
あなた

恋愛ものとか?

宮内 芳
宮内 芳
正直、そのジャンルはあんまり興味ないけど……。映画は連れの見たいものに
合わせることが多かったし、
必然的に恋愛ものばっかり見てたかな
あなた

じゃあ、私のときは気を遣わずに
好きなものを見てね。レストランに
行くときも、食べたいものがあるなら
遠慮なく言ってほしい

宮内 芳
宮内 芳
あなた……ありがとう。
そういえば俺、あなた相手には素直に
コメディ映画が見たいって言えてたな。
こういうとき、自然体でいられてるって
実感するよ
芳くんの眼差しが柔らかくなる。

それはまるで愛しいものでも見つめるように
温かくて、胸が高鳴った。


芳くんといると、辛い気持ちも
楽しい気持ちに塗り替えられていくみたい。


彼の隣にいるだけで、私は不思議な安堵感に
包まれるのを感じていた。

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