これから授業をしていく上で、雅志先輩と決めたことは、ふたつ。
私は雅志先輩を「先生」と呼び、先輩は私を「一宮さん」と呼ぶこと。
そして、授業中の私語は無し。
これだけ。
初めて会う人と自室でふたりきりということに緊張していたけど、雅志先輩が相手なら、その分楽だし。
しばらくの間、授業を進めていると、机の上に置いていたスマホが鳴った。
狭い部屋に鳴り響いた音は、メッセージの通知ではなく、着信。
その相手は、修斗くん。
修斗くんが一年生の時、雅志先輩は三年生だった。
たった数ヶ月だったけど、同じ部活で、もちろん私たちの関係も知っている。
雅志先輩が浮気をしたと知ったあとの私は、ひどかった。
何日も落ち込んで、マネージャーの仕事にも支障が出るほどで。
修斗くんは、その全てを近くで見ていた。
修斗くんとの通話を終わらせる。
雅志先輩の機嫌が悪くなったことを、ピリッとした空気で感じ取る。
その後は、一度休憩を挟んで、時間まで授業をした。
やわらかな笑顔を向けられ、心做しか、ホッとする。
歯切れの悪い返事に、首をかしげる。
雅志先輩と一緒に部屋から出て、玄関で見送った。
再会した時にはどうなるかと思ったけれど、初日は意外と穏やかに終了した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!