第3話

家庭教師、初日
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2021/08/21 04:00
これから授業をしていく上で、雅志先輩と決めたことは、ふたつ。
私は雅志先輩を「先生」と呼び、先輩は私を「一宮さん」と呼ぶこと。
そして、授業中の私語は無し。
これだけ。
初めて会う人と自室でふたりきりということに緊張していたけど、雅志先輩が相手なら、その分楽だし。
一宮 みこ
一宮 みこ
(逆に、よかったのかもしれない)
一宮 みこ
一宮 みこ
(……って、思っておこう)
しばらくの間、授業を進めていると、机の上に置いていたスマホが鳴った。
一宮 みこ
一宮 みこ
(しまった。音、消しておくんだった)
狭い部屋に鳴り響いた音は、メッセージの通知ではなく、着信。

その相手は、修斗くん。
一宮 みこ
一宮 みこ
(心配して、かけてくれたのかな)
三笠 雅志
三笠 雅志
電話? いいよ、出ても
一宮 みこ
一宮 みこ
ごめんなさい。ありがとうございます
一宮 みこ
一宮 みこ
もしもし、修斗くん?
五十嵐 修斗
五十嵐 修斗
みこ先輩、今、大丈夫でしたか?
一宮 みこ
一宮 みこ
うん。修斗くん、部活中じゃない?
五十嵐 修斗
五十嵐 修斗
うん。でも、休憩時間だから
五十嵐 修斗
五十嵐 修斗
なんか、すげー気になっちゃって
一宮 みこ
一宮 みこ
心配してくれて、ありがとう。でも、大丈夫だから
修斗くんが一年生の時、雅志先輩は三年生だった。

たった数ヶ月だったけど、同じ部活で、もちろん私たちの関係も知っている。
雅志先輩が浮気をしたと知ったあとの私は、ひどかった。

何日も落ち込んで、マネージャーの仕事にも支障が出るほどで。

修斗くんは、その全てを近くで見ていた。
一宮 みこ
一宮 みこ
(雅志先輩が先生だったって知ったら、きっとまた心配するだろうから……)
一宮 みこ
一宮 みこ
(明日話せばいいだけだし。とりあえず今は、「大丈夫」って言うだけでいいよね)
修斗くんとの通話を終わらせる。
一宮 みこ
一宮 みこ
ごめんなさい、まさ……じゃなくて、先生。授業の途中に
三笠 雅志
三笠 雅志
うん。次からは、電源切っといて
一宮 みこ
一宮 みこ
あ、はい……
雅志先輩の機嫌が悪くなったことを、ピリッとした空気で感じ取る。
一宮 みこ
一宮 みこ
(わざわざ来てくれた家庭教師の先生の前で、私用電話は良くないよね……)
一宮 みこ
一宮 みこ
(いくら、「出てもいい」って、言ってくれたからって)
その後は、一度休憩を挟んで、時間まで授業をした。
三笠 雅志
三笠 雅志
今日はここまでにしようか
一宮 みこ
一宮 みこ
はい、ありがとうございます
三笠 雅志
三笠 雅志
それじゃあ、また来週、この時間に
一宮 みこ
一宮 みこ
あ、先生
三笠 雅志
三笠 雅志
授業は終わったから、もう先生じゃなくていいよ
一宮 みこ
一宮 みこ
じゃあ、雅志先輩……
三笠 雅志
三笠 雅志
うん、なに?
やわらかな笑顔を向けられ、心做こころなしか、ホッとする。
一宮 みこ
一宮 みこ
今日、ごめんなさい。来週からちゃんと電源切っておきますね
三笠 雅志
三笠 雅志
あー、いや……
一宮 みこ
一宮 みこ
歯切れの悪い返事に、首をかしげる。
三笠 雅志
三笠 雅志
ごめん、さっき態度悪かったよな
三笠 雅志
三笠 雅志
電話の相手、五十嵐修斗?
一宮 みこ
一宮 みこ
はい。覚えてました? 修斗くん、今エースなんですよ
三笠 雅志
三笠 雅志
あー、そう……。前から、みこと仲良かったよな、五十嵐って
一宮 みこ
一宮 みこ
はい。バスケ部は、みんな仲良かったですよね
三笠 雅志
三笠 雅志
……そうだな
一宮 みこ
一宮 みこ
三笠 雅志
三笠 雅志
じゃあ、帰るよ
一宮 みこ
一宮 みこ
はい。またよろしくお願いします
雅志先輩と一緒に部屋から出て、玄関で見送った。
再会した時にはどうなるかと思ったけれど、初日は意外と穏やかに終了した。

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