長かったような、短かったような、不思議な気持ち。
今日はついに、受験当日。
家を出て、深呼吸をしながら、最寄り駅までの道を歩く。
──ピコンッ。
制服のポケットに入れたスマホから、メッセージの通知音が鳴る。
雅志先輩は大学が休みだから、今日は入口まで私についていてくれようとしたけど、
さすがに、それは甘えすぎだと思って、断った。
その代わり、メッセージを送ってくれたのだろう。
可愛い猫のスタンプも送って、画面を閉じる。
雅志先輩の家庭教師のバイトは、先週で終わった。
それからも、ずっと私のことを気にかけてくれている。
自己嫌悪に陥りながらも、前に進む。
──ピコンッ。
またメッセージの通知音が鳴って、スマホ画面を開いた。
相手は、雅志先輩じゃなかった。
脳内では、いつもの明るい声で、勝手に再生される。
通学かばんの中で、お守りの鈴が、チリンと鳴る。
スマホを握って呟いて、前を向いた。
*
そして、やってきた合格発表の日。
来て欲しくなかったような、早く結果を出して欲しかったような、
そんな気持ちで、今日をむかえた。
合格発表へは、家庭教師ということもあって、雅志先輩が一緒についてきてくれることになった。
大学までは、電車で移動。
受験日よりも、さらに緊張をして、体中がガタガタと震える。
雅志先輩が、隣で苦笑いをする。
合格発表が書かれた大判の紙は、もう目の前。
私と同じく、受験生がたくさんいて、ごった返していて、見えない。
雅志先輩が人並みをかき分けて進むのを、手を組んで祈りながら、目で追う。
雅志先輩が先頭に出る。
頭が動いている様子から、番号を探しているのが分かる。
自分の胸の音が大きすぎて、周りの喧騒が、少しも耳に入らない。
雅志先輩が、こちらを向く。
何かを発していることだけは見えるけど、肝心の声が聞こえない。
不安に飲み込まれそうになった時、雅志先輩が両手を上げて、大きな丸を作った。
雅志先輩が、また口を動かす。
相変わらず、こちらまで声は届かないけれど、確かにこう言っていた。
『おめでとう』
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!