織姫と彦星。
七月七日に、たった一度しか出逢えなかった運命の二人。
長い時を経て、ふたりの恋物語は再び時を刻みはじめた。
再会の約束が果たされてから、数日後――
あたしはいま、彦星と共に夜の空の中にいる。
一面、見渡す限りの星だった。
宝石をばらまいたみたいに煌めきは絶えない。
空気がとても澄んでいるから、呼吸をするのが気持ちいいくらい。
星空をふたり、手をつないで歩く。
彼はそう言って、あたしの手を包む指にギュッと力を込める。
ギュッとされると、気持ちが伝わってくるみたいでうれしい……。
恥ずかしくてとても口には出せないけれど、心からそう思う。
気持ちが沈まずに輝いていられるのは、彼がいてくれるから。
もし彼がいなくなってしまったら、また色褪せた日常にたちまち引き戻されてしまうだろう。
月の光を見つめながら、あたしは心に強く願う。
かつて彼との仲を引き裂かれたときに、幾多の星を眺めながら願ったように。
彼はあたしが空に行ってみたいと言ったら、その願いを叶えてくれた。
地上をふわりと飛んで、あたしを上空まで連れて来てくれた。
普通じゃ決して味わえないようなことを、あたしのためだけにやってくれる。
彼はあたしを抱き寄せてキスしようとする。
条件反射的に体を反らし、慌てて顔をそむけた。
あたしの頬に手を触れ、ふっと微笑む。
いきなり迫られると、すぐ照れてしまう。
結局、あたしはあたしのまま。織姫だった頃の記憶を取り戻しても、根本的な部分は変わらない。
恥ずかしすぎて真っ赤になった頬を、彼の指先と、冷えた夜風が気持ちよく撫でる。
きれいな顔がすぐそばにあった。
彼の整った面差しは、月明かりに照らされて、いつも以上に研ぎ澄まされた美しさを放っている。
つい見とれてしまったけれど、見つめ返されると目が泳いでしまう。
視線を移せば遥か先に、夜の街並みが見えた。
地上はすごく遠くて、たくさんの明かりが輝いていて、広大なガラス細工みたい。
ここ数日、ふたりで一緒に過ごしてわかった。
彼といると、見飽きてしまった景色すらもまぶしく見える。
たとえそれが近所の寂れた風景でも、退屈していた学校でも――。
吹きつけた風に、かすかなつぶやきは流されていく。
あたしは微笑みながら、地上にあまねく彼方の光に目をやった。
笑いながらあたしは答える。
こんなふうに心に余裕ができたのも、彼と再会して、自分の素性を知ることができたからだ。
彼の胸に抱き寄せられる。顔や体がフワッとしたぬくもりに包まれる。
あたたかくて、気持ちがいい……。
あたしの耳に彼の吐息交じりの囁きが伝わってくる。
そんなふうに思ってくれるだけでうれしい。胸のときめきが止まらなくなる。
ふたりの想いを体で結びつけるように、指を絡め、しっかり両手を握り合う。
もうふたりを隔てるものはない。
あたしたちは、ようやく自由になったんだ。
永遠をカタチにするように、彼はあたしをじっと見つめた。
そのまなざしをあたしは受けとめる。
彼の神秘的な瞳、形のいい唇、きめ細やかな白い肌、均整の取れた体、なにもかもが愛おしい。
だけど一番好きなのは、彼の心にある、情熱。
世界中を巡ってあたしを見つけ出してくれたのも、その情熱があったから。
どんなに逆境だらけでも、恋心は潰えなかった。
たとえ姿形は変わっても、心の中に深く根づいた気持ちは、カタチを変えずにずっと生き続けている。
彼はいつだってまっすぐな気持ちで、あたしを想ってくれる。
熱い想いに引き寄せられる。
触れ合う唇。
やさしい風がそっと通り抜けていく。
もう独りじゃない。
あなたとふたり、歩いて行ける。
銀河にきらめく天の河のように長く果てしなく、
どこまでも、どこまでも――
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。