彼はあたしの手を握る。
その言葉どおり、指先を絡めてギュッと握りしめる。
ふるえる胸。喜びが湧きあがる。
まるで枯れることを知らない泉みたいに、とめどなく感情が溢れて止まらなくなる。
あたしはいままでずっと一人きりだった。
恋の世界なんて、呆れるほどに色褪せていた。
それがみるみる変わっていく。
輝く陽射しを浴びて、暗闇が失われた色彩を取り戻していくように――
これまで彼と共に築かれた思い出の数々が、頭の中にふっと湧きあがってかけめぐる。
遠い昔、ふたりで愛を誓ったこと。
天の川を隔てて、バラバラに引き裂かれてしまったこと。
ふたたびめぐり逢えることを祈って、互いに手をつなぎ、天から地上へ落下したこと。
星屑のような記憶の断片は淡い光となって――キラキラ、キラキラと……浮かびあがっては一つの形になっていく。
天の河の流れる青い世界に、光の塊が出来上がっていた。
塊はみるみる膨らみを増し、目のくらむような閃光を放つ。
光の粒が花びらのように散って、真っ白になった。
音のない白い世界に、『特別な人』がいた。
織姫……。
そして、あたし……。
光の散った先に、かつて織姫だった自分の姿と、織原みどりの肉体が重なり合って一つになる。
――愛しい人よ――
――もう一度、あなたに逢いたい――
そうだ……あたしは……
あたしは、どうしても彼と一緒にいたくて、人の身に転生したんだ――!
あたしは彼を見つめたままうなずく。
彦星と出逢った頃からをふり返りながら、ゆっくりと――。
何千年分もの思い出がようやく還るべきところに還ってきた。
けれど、一番大切なのは過去じゃない。
目の前にいる彼と、数々の思い出が、あたしに教えてくれている。
現在、そしてこれからのほうが、ずっとずっと大事――。
あたしの言葉を聞いて、彼は幸せいっぱいの顔になる。
もう彼を見つめる瞳に一点の曇りもなかった。
ただあなたが愛おしい。
心にある気持ちは、あなたを想う気持ち、ただそれだけ――。
この広い世界であたしを見つけ出してくれて、ありがとう……。
彼は囁くように言い、その美しい顔を近づけてくる。
あたしは彼の手を握り返し、待ち望んだ瞬間を受け入れた。
果実のように色づいた唇。
重なり合う身体。
ふたりの吐息が混じり合い、互いの想いが交差する。
口づけによって伝わる彼の熱い想いは、心の底をはるか先まで貫くかのように、どこまでもどこまでも深く入ってくるようだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!