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第1話「目が覚めたら知らない部屋にいた #1」
今日も今日とて実況を録っている。今日は友人の1人である、レトさんがおすすめしてくれたデスゲーム系のゲームを実況する。それが録れたら編集してYouTubeにあげて。すると今日のやるべきことは終わりだ。そのあとはテレビでも見るか。確か録画して溜まった番組があったはずだ。
結構な量があったから、これはシリーズにすっかなぁ、とか思いながらゲームにツッコミを入れていく。さすがデスゲーム好きのあの人が紹介してくれただけある。ゲームはプレイヤーが引き込まれる内容で、とても面白い。ハマる、と言った方が的確か。
それが起こったのは録画を開始して30分を超えたくらいときだった。ゲームを楽しみながら実況していたのにいきなりゲーム画面が真っ暗になったのだ。
しかし、ゲームが落ちた時は画面が真っ暗になることなどないはずだ。普通ならスタート画面とか何らかの画面は映っているのに。画面は自分の顔を反射するだけである。再起動させようと電源ボタンを押すが、何も反応を示すことはない。
そう独りごちると録画を止め、椅子から立ち上がった。
突然目の前が真っ暗になり、平衡感覚を失う。どっちが前でどっちが後ろか。文字通り右も左も分からない。
やべぇ、これ立ってられねぇかも。貧血か?いや、そんなはずは……
あれこれと思考を頭の中で巡らせているうちに、俺はすっと意識を手放した。
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俺の名前を呼ぶ声に、俺の意識は再び浮上する。
実況を録っているときに大声を出しすぎたのか、口から出た声は酷いものだった。
そうだ、実況を録っていて、それでゲームが落ちたから別のゲームをしようと立ち上がったのだ。そのあと……
ガバッと体を起こして辺りを見回す。俺の部屋……ではない。一面をコンクリートの壁と床で囲まれた冷たい印象を感じる部屋に俺はいた。ところどころに家具らしきものが置いてある。
聞こえてきた俺以外の2つの声に、初めてこの空間に1人でいるわけではないのだという事実を知る。そしてその声は聞き覚えのある声で。
どうやらこの友人2人もここがどこであるか、またどうやってここへ来たのかは分からないようである。
となると、一体この状況はなんだ?誰の仕業だ?ドッキリかなんかだろうか。そしたらカメラがどこかに仕掛けてあるのではないだろうか。
辺りをキョロキョロと見回している俺を見て、俺が何を考えてるのか分かったのか、ヒラはその考えを否定した。
誘拐―――
その言葉の恐ろしさを改めて感じる。こんな、成人男性である自分たちのような人間でも誘拐されることがあるのか。ここから出るためには、何をすればいいのだろうか。そもそも出られるのだろうか。
この異様な状況にパニックになりかけたその時、ふとうっしーが口を開いた。焦りを感じで冷や汗をかいている俺とは正反対にうっしーは落ち着いている。なぜそんなにも落ち着いているのかと問いたい気持ちを抑えて、まずは質問に答えることにする。
目の前が暗くなると言えば、と横で話を聞いていたヒラも声を上げる。
俺は家にいる時に意識を失ったから、当然荷物など持っていないので確かめようはないが、ヒラがそう言うのなら荷物類はここに連れてこられた時に奪われたのだろう。
犯人の目的はなんだ?俺たちを閉じ込めて何をさせる気か。ダメだ、見当もつかない。
うっしーが部屋の壁を見つめながらそう問う。それはそうだろう。俺たち3人は全く別の所にいた。俺の家やうっしーの家、さらにヒラが出ようとした玄関に隠し通路でもない限りここは俺たちになんの関係もない場所のはずだった。
そううっしーに言われて初めて気がついた。確かに俺たちが外部から入ってきたのならどこかしらにドアや窓があるはずなのに。それらしきものが一切見当たらない。
ヒラの真剣な声が聞こえて、思わず壁や天井に向いていた視線がヒラの顔に移る。その声の通り、顔もまた真剣で。いや、まぁこの状況でさすがの俺でもおちゃらけたりは出来ないのだが。この意味のわからない状況でヒラは何か必死に考え込んでいたのだ。
ヒラの話は明らかに現実の世界では起こるはずのない、漫画の世界のような異常な話だった。しかし、この状況を説明するにはそれ以外考えられない。
確かにこんなシンプルな部屋はよく見るフリーゲームでありがちな作りではある。じゃあここは……
ヒラと全く同じタイミングで喋ってしまった。
呆れてしまって声も出なかった。そもそも同人誌は見ねぇって言ってるだろ!いや、それよりもなんで…
だが、そんなヒラの冗談のおかげで少し気持ちが落ち着いてきた気がする。ヒラの言うようにここが○○しないと出れない部屋とやらじゃないと信じるとしたらここは恐らくゲームの世界に近いものだろう。
部屋の物、と言っても部屋の中にあるのは引き出しのついたごく普通の棚や鍵のついた箱、机と椅子くらいしかないのだが、俺たちはそれぞれ部屋の探索を始めた。探し漏れがあってはいけないと慎重に、何度も、くまなく探した。
時間をかけて探して、見つかったのは何やら液体の入った注射器一本のみだった。わざわざ注射器に入っているあたり、液体はろくなものではないことは分かる。ゲームは見つけたアイテムを工夫して使って部屋を脱出しなければならない。この注射器を使わなければいけないのか?
せっかく真面目にヒラと話していたのに、うっしーにおなじみとなったネタを言われて雰囲気がまた少し和む。そのおかげで今までよりも一層頭の回転が通常通りに戻ってきたように感じる。とにかくこの注射器を使って何かをしないといけないことまでは分かった。
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注射器の中に入ってるのは油で、どこかに差せば隠し扉が動くようになるのではないか、とか、どこかに鍵の鋳型があって、この液体を流し込んで鍵を作るのではないか、とかいろいろ話し合って試してみたが、どれも失敗に終わった。
これは、いわゆる「詰み」ってやつだ。もうどうすればゲームクリアになるか分からない。打つ手がこれ以上ない状態。
まずい、このままだと俺たちは永遠にここに閉じ込められたままになってしまう……
あれこれと案を試している途中から黙り込んでいたヒラがようやく口を開いた。
一瞬ヒラが何をし始めるのか分からなくて、俺もうっしーも反応が少しだけ遅れてしまった。だが、ヒラにはその一瞬の間だけで十分だった。
俺たちが出遅れたその一瞬の間に、ヒラは自身の腕に注射器を刺し、液体を全て体内に注入してしまった。慌てて止めるも、時すでに遅し。
そう言ってクルクル回ったりその場で飛び跳ねたりしてみせるヒラ。確かにその様子を見れば何事もないのかもしれないが。一歩間違えれば死ぬ可能性だってあったその行為に速まった鼓動は簡単には元に戻らない。
とにかく、無事だったヒラに安堵して、はぁ、と長いため息が出る。心臓が止まる体験とはまさにあのことだ。
えへへ、とあざとく笑って、その後に何か言おうとヒラが口を開いたその時だった。
どこからか声がした。まだ成長しきっていない男子学生のように少し高い男の声。
言われるがままに上を向けば確かにスピーカーらしきものがあった。
ということはこれは組織的犯行という事か。今喋っているこいつの上にまだ黒幕がいる。
やはり、ここはゲームの世界だったのだ。俺たちの推理はあながち間違いではなかった、と思う傍ら、ゲームマスターが言う「時間制限」が気になってならない。
この後、ゲームマスターが発した言葉に俺は殴りかかりそうになった。声の主はここにいないというのに。
毒を体内に入れさせるなんてことは、正気のやつがすることではない。狂っている。こいつらは完全に頭が狂ってやがる!!!
注射器の中身の正体を知ったヒラはみるみるうちに青ざめていった。それもそうだろう。誰だって中身が毒だと分かっていたらそれを体内に入れようなんて考えもしないはずだ。わざわざ打たせてからそれを告げるなど、卑怯にも程がある。
だから…、だから、やめておけと言ったのに。
ヒラはショックで体をガタガタと震わせている。それを見るとまた余計に腹が立ってくる。人が苦しむ姿を見て楽しんでいるのか?俺たちは、ヒラは、そんな見せ物のためだけに苦しまなきゃいけないのか?
この部屋に、見逃しはない。本当にそうだろうか?
確かに視界に入れたし、あることは知ってたけど、使うことが出来なくてそのまま放っておいたもの。
うっしーは焦りが前面に現れた顔で、ヒラは恐怖で真っ青になった顔で俺を見る。
だが、だからなんだ?まだ見ていないところがあることが分かったところで、鍵は手元にないのだ。その箱を開けられないのには変わりない。
どうにもならない、うっしーはそう言いかけたがそれが最後まで声に出されることはなかった。
ヒラの体内に注入された毒がついに効き始めたのだ。全身をゆっくり回った毒はヒラの体を蝕まんと牙を向ける。ヒラの、苦痛を外に逃がすかのような、悲鳴にも近いような声を聞いていると、一度は落ち着いた鼓動がまた速まり、冷や汗がどっと吹き出る。
そう言うとゲームマスターの声は一瞬止まった。
その声と同時に奥の方でカランと金属が床に落ちる音が聞こえた。鍵、探さなくても良かったのかよ。でも、これで奴らの言う“ゲーム”が少し進んだはずだ。確実に。
その間にもヒラの絶叫は止まらない。痛みに耐えるように腕全体を使って全身を押さえている。痛いよな、苦しいよな。すぐ解毒剤見つけてやるから……。
頭上でゲームマスターが何かを言っているが、それを聞いている場合ではなかった。落ちた鍵の近くにいたうっしーが箱を開けようと駆け寄る。
ヒラの、苦しみを抑えながら発した言葉に、彼が言いたいことを理解する。自分の体が毒におかされている状況下でも、ヒラは頭の回転を止めていない。焦って、空回りして、目先の餌に食いつこうとしていた俺たちがむしろ恥ずかしい。
ゲームマスター曰く、これは「ゲーム」なのだ。俺たちは誰かの見せ物になっている。
わざわざヒラに毒を盛ったなら、すぐに解毒剤にありつくようにさせるだろうか。5分という制限時間を設けておきながら、すぐにクリアさせるようなことをするだろうか。どうせ頭のとち狂った奴らのことだ。解毒剤への誘導を限りなく長くして、制限時間ギリギリで解毒剤を見つけられるか否かの瀬戸際に俺たちを立たせ、俺たちのその様子を楽しむつもりだろう。
俺の問いかけにゆっくり頷くヒラ。その顔は先程よりも青ざめて、玉のような汗が浮かんでいた。
うっしーはいきなり人の命をその手に握らされた緊張で震える手をどうにか抑えながら箱の鍵を開けた。
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やはり予測通り、鍵のかかった箱に入っていたのは謎の書かれた紙だった。それを解いて部屋を探せばまた謎を見つける。それが解けたらまた次の謎。
5分という制限時間の短さが、後ろで大きくなっていくヒラの苦しそうな呻き声が、俺たちの不安を大きく煽っていく。焦っても空回りするだけなのに。解いても解いても終わらない謎に、本当に解毒剤は用意されているのだろうかと思ってしまう。犯人はヒラを助ける気などないのではないか。ヒラが苦しみ、俺やうっしーが必死に謎を解く姿を見ているだけなのではないか。
急に手を止め、大量の汗を流す俺の異変に気づいたうっしーが声をかけてくれる。
呼吸が上手く出来なくなる。十何年も一緒に実況をやってきた友人が、目の前で死ぬかもしれない。俺たちが何も出来ないまま、毒におかされて死んでしまうかもしれない。そう考えると、酸素を吸い込みたいのに体がそれを拒否してしまう。
言われるがままにうっしーの方を向く。眼鏡の奥にある双眸がしっかりと俺を映している。うっしーは何も言わず、ただ俺の背中をさすってくれた。
大丈夫、全部上手くいくから。
そう言ってくれているような気がして。
1人じゃない。絶対に謎を解ききって解毒剤を手に入れ、ヒラを救う。それしか道がないのなら突き進むしかなさそうだ。うっしーが隣にいれば、ヒラの声が苦しそうでもまだ聞こえていれば、きっとまだ大丈夫。この状況は変えられる。ゲームをクリアすることが出来る。
残り60秒―――
謎解きはまだ続く。次へ進むごとに難易度は難しくなっていく。
ここから出るために。ヒラを救うために。
がむしゃらで謎に食らいつく。
残り40秒―――
ついに最後までたどり着いた。長かった5分の戦いの結果はこの謎にかかっている。ヒラの命も残り40秒しかない。
だが、
紙に書かれた謎の記号の列。問題文は、
「下に書かれた通りにすれば解毒剤は手に入るよ!」
ふざけんな。解かせるつもりねぇだろ。見たこともないような記号に立ち尽くす。
残り20秒―――
ぐるっと部屋を見回してみた。コンクリートで囲まれた部屋に引き出しのついた棚、無造作に置かれた机と椅子、鍵のかかっていた箱。
紙に穴が開くほど問題を読んでいるうっしー。
今も尚痛みに悶えているヒラ。
床に散らばった今までの謎が書かれた紙。
ふと、裏返った紙が目に入った。
紙の裏の右上には謎の記号が1つ。左下にはひらがなが1文字。
右上の記号は今うっしーが持っている紙に書かれているものの1つで。
残り10秒―――
説明する暇などない。俺は今までの問題用紙を全て裏返し記号順に並べ替え、順番にひらがなを読んだ。
残り5秒―――
その瞬間、鍵が落ちてきた時のように、床にものが落ちる音が後ろで聞こえた。落ちていたのは、液体の入ったビンだった。
素早くビンを掴むと蓋を外し、すぐさまヒラに飲ます。これが本当に解毒剤か、というような疑問は浮かばなかった。ただ、この液体に運命を、ヒラの命をかけるしかなかった。
コクン、とヒラの喉が動くのを見てビンを床に置く。
怖かった。間に合わなかったのではないか。もう二度とヒラの声が聞けないのではないか。笑顔が見られないのではないか。俺たちが見殺しにしてしまったのではないか。
長い、長い一瞬が流れた。
ゆっくりとだが、額に浮かんでいた汗は引き、ヒラは瞼を開けた。
まだまだぐったりとしているが、さっきまでのような苦しそうな呻き声はもう聞こえない。解毒剤が効いたのだと分かり、胸を撫で下ろす。
肉体的な疲れよりも、精神的な疲れの方がでかい。俺たち3人は床に横になった。
これで、ゲームクリアだ。俺とヒラとうっしーという、普段は集まらないようなメンバー構成には謎も多かったが、とりあえずなんとかなったようだ。
ゲームマスターの声を合図に、横の壁が一面だけ、上にスライドして開いていった。
その先にあった光景とは―――
この出来事はまだ悲劇の序章にすぎなかったのだ。この時の俺には、これから起こることなど想像も出来なかった。あんな思いをする事になるなんて………
…to be continued.
✄--------------- キ リ ト リ ---------------✄
pixivにあげたシリーズ、「絶対は何度でも」の第1話をお試し版としてあげてみました!
第2話以降、有名ゲーム実況者たちがどんどん謎のゲームに巻き込まれていく……。
守り、守られ。裏切り、裏切られ。
ゲームの内容はどんどん過激に、残酷になり、ついに犠牲者も。
「ちょっと面白いかもしれない…」って思った人!!続きはpixivのたまごぼーろのアカウントにあがる予定なので、気になったらぜひ読んでみてね!!
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。