第10話

悪鬼
593
2019/01/17 15:12
その日は、大雨だった。
くっ...
傷が痛む。


早く、逃げなければ。

殺されてしまう。




















森は、妖怪の住む大切な所だ。

そんな容易く渡すわけにはいかない。


まだ、森に残った小さな妖怪もいる。


だからまだ、逃げられない。




















あんな奴に、死仙しせんなんかに
この森を渡すものか。




















夜曇
件様!どこにいらっしゃいますか?
あぁ..夜曇か...。
夜曇
件様⁉その傷は...!
大丈夫だ。それより今は、
大切なことがある。
もう、一刻の猶予もない。
柊を呼べ。
夜曇
はいっ!
夜曇はそう言って、消え去った。
















 
今朝、突然ある妖怪がこの森を訪ねた。

名を、死仙しせんと言った。


死仙は、森の主である我に

「森とお前の部下である妖怪を全て譲れ。」

と言った。


もとより、ここは我の領域であり、見知らぬ
妖怪が侵入することは許されない。

その上で、「譲れ」と命令をされた。


譲る訳が無かろう。


だが、その意思は死仙の次の言葉でかき消された。

「お前がそれを渡さなければ、この森を焦土する
いとわぬぞ?」


その様な事を、不敵の笑みで言うのだから
この死仙とやらが強者なのは明白だ。


我は考えた。


渡すべきか、渡さぬべきか。

いや、この場合では、渡すか、渡さないかと言った
方が良いだろうか。


この森は、沢山の妖怪が平和に暮らしている。

時々、悪さをする輩もいるが、殺しなどの物騒な
真似はしない。

平和なのだ。


我は、その平和を壊し、奴に渡すのか?

駄目だ。その様な事、あってはならぬ。


我は、答えを出した。


答えは、

「渡さぬ。」

であった。


死仙は、口角を上げた。

口が裂けているようにも思えた。


「ではせいぜい、この森を守ってみたまえ。」


奴はそう言って、消え去った。

















 



それからだ。


森が、青い火の海に変化へんげした。

複数の刀が、ふよふよとさ迷い、妖怪を切り付けて
ゆく。

我と共に生きていた妖怪が次々と減っていると
感じた。


また一人、また一人と消えて行く。


これは、あの死仙の仕業だろうか。


このままだと、我が持つ全てが消える。

同胞どうほうの命、平和、森、全てが消える。


皆と逃げるか。


否、それは不可能だ。


実際、我だって深い怪我を負った。

同胞の命を救うために、片目を失い、脚の機能を
停止された。


動けぬ。


あぁ、憎い。

悪鬼め。何故この様な事をした。


あぁ、憎い。

我は動けぬ。何故この様な無様な格好になった。


我には今、憎き悪鬼の笑みと悔恨かいこんしか
残っておらぬ。



















件っ!
柊...
ねぇ!これ、どういうこと⁉
どうして、火の海なの⁉
どうして皆、死んじゃうの⁉
我の失態だ。
許せとは言わぬ。
だが、他の妖怪を逃がしてくれ。
でも...!
頼む!
最後の願いなんだ...
...
分かった。その頼み、けるよ。
でも、“最後”は無しだから。
絶対、私の元へ帰ってきて。
...
分かった。約束しよう。
我がそう言うと、柊はこくりと頷いてから
火の海へと飛び込んだ。



























さらばだ。柊。


元気に、過ごせ。





















心の友よ。

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