思えば、私と夜曇が牢屋から逃げられたのは、随批がまた私たちを捕らえられることを確信していたからだと今更気付いた。
脱獄して、追っ手に追われ、逃げ切ったところで随批が待ち構えていた。
その後は私が人質にとられて即終わり。
夜曇は何も抵抗せず、攻撃をくらい続けた。
そして動かなくなった。
意識はあるが、瀕死状態だった。
それを随批はもて遊ぶかのように、私と夜曇に呪術をかけた。
それは、命の呪いだった。
だから絶対に、逆らえない。
逆らえば、夜曇が死んでしまう。
随批は手を上げた。
───その瞬間、とても大きな甲高い騒音が私たちを襲った。
皆は慌てて件に従い、耳を塞いだ。
けれど私は、出来なかった。
右腕は随批に掴まれ、左腕は鎖で繋がれている。
無理だ。耳を塞げない。
このままで鼓膜が破れたら夜曇が‥‥‥!!
私が叫ぶと、随批は笑った。
背筋が凍る。
‥‥‥‥なんて怖い笑顔なのだろうか。
これほど怖いと思った笑顔は他にない。
頭が痛い。張り裂けそうだ。
誰か、誰か、誰か‥‥‥この音を止め────
─────────フワッ
突然、私の頭に何かが被さった。
これは‥‥‥薄い着物?
それに、この匂いは‥‥‥
檜垣くんの、優しい匂い‥‥‥。
やっぱり、非柿は檜垣くんだったんだ。
すると檜垣くんは、気付くの遅い、と笑った。
そして次の瞬間、檜垣くんは随批の腕を斬った。
随批は私の手を放した。
檜垣くんはその隙に、随批から遠ざけるようにして私を抱き寄せる。
すると、騒音は消えた。
お兄ちゃんが私たちを指差した。
皆はその指を目線で辿った。
いや、こんな時に間抜けな会話されても‥‥‥
件が笑うと、檜垣くんも笑った。
無理矢理‥‥‥?
随批は顔を歪める。
親戚を殺す‥‥‥?
それは、檜垣くんが「死神」と呼ばれる原因の‥‥
‥‥‥は?
檜垣くんの両親?姉弟?それに加えて他にも‥‥‥?
檜垣くんが「死神」と呼ばれたのは全部、こいつのせいなの‥‥?
随批は不適の笑みを浮かべた。
けれど檜垣くんは、屈するどころか自嘲した。
恩人‥‥‥?誰が?
私は檜垣くんに抱き寄せられていたので、檜垣くんを見上げる形になった。
‥‥‥だからよく分かった。
檜垣くんはかっこいいけど、可愛い。
そう、思った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!