次々と疑問が口からこぼれる私に、件は悲しそうに笑いかけた。
それはまるで‥‥
「聞かないで」と言っているような──────
件はにっこりと笑った。仮面を被った、悲しい笑顔。
──────────バサッ
突然、件は持っていた野菜を全て地面に落とした。
そして、件は黒い風のように勢い良く走り出した。
何事かと、件を追いかける。
すると‥‥‥
件は、何かを抱えていた。
漆黒の綺麗な髪に、柔らかくて暖かな頬‥‥
‥‥‥え?
何だかんだ言って、件はいつも優しい。
件はそう言って、人の子をまじまじと見つめる。
そんな酷いことを‥‥‥
すると、件の肩が揺れた。
件は何をためらっているのだろうか。
え‥‥‥
件は、私の質問に未だ答えていない。
そして、人の子だった子には、“夜曇”という名前を付けて、件と私で育てた。
そしてまたいつからか、件はお父さんのような口調になっていった。
妖怪は、歳を取るごとに口調が変わっていくものなのだろうか。
でも、お父さんがいるみたいで安心する。
そういえば‥‥あの時の、答えは────────
あれ?私、寝てた?今までのは夢‥‥
それに、件にお姫様抱っこされて‥‥‥
‥‥‥え?
その、口調は‥‥‥
それに、随批が人攫いの厄神‥‥?
すると、皆が一斉に私を見つめた。
二人は、安堵の声を漏らした。
けれど、件は‥‥‥
まるでいたずらが見つかったような、そんな笑顔を見せた。
今にも泣きそうな、でも、それでも、とても優しい笑顔だった。
ここでやっと、理解した。
件は、私のお父さんの口調を真似したんだ。
私を安心させる為だけに。
あの時私の問いに答えなかったのは、私が持つ随批への憎しみを増幅させない為の優しさだった。
件は、何故こんなに優しいのだろうか。
何故、家族でもない私にこんな優しくしてくれたのだろうか。
不器用なのに、誰かに優しくしたり気を使ったりするのは凄く得意。
だからこそ‥‥‥
私は、件の頭の後ろに手を回し、件の顔を自分に近付ける。
件はそう言いながらも、私の頭を撫でた。
あなたの優しさに気付かないで気を使わせて、未だに守ってくれていることさえ気付かずにいて。
そして、
私は顔を上げて、件に笑いかけた。
最高の笑顔で、笑ってみせた。
もう、大丈夫だよ。件。
だからこれからは‥‥‥
『私にも、あなたを守らせて』
件は、いたずらっぽく笑った。
『ああ、宜しくな』と言っているように、そっと口角を上げて。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!