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第2話

序幕 悪役令嬢の幕開け 2
641
2022/08/05 09:00
 冷めた目でマークスを見返したアイリーンは、自力で立ち上がり、腕を取り返した。差し出された書類を、ぱらぱらとめくる。いわゆる告発状だ。いつの間に集めたのか。

 リリアは身分が低いから『先に挨拶するな』といじめられていた。学園祭の劇の演目をアイリーンのわがままで変更させられて、台詞を覚え直したリリアが可哀想だった。言うことに従わなければ、官僚の両親を降格させると脅された──云々、何枚も続く。

 すべて匿名で、署名はもちろんない。呆れてばさりと後ろ向きに全部放り投げてやった。
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
馬鹿馬鹿しい、これが証拠ですって?
 ひらひらと大量の紙が舞う中で、優雅に笑う。
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
マークス。教えて差し上げるわ。『誰々がそう言っている』というのは証拠ではなく、ただの噂、あるいは中傷というのよ
マークス・カウエル
ッ、これだけ大勢に告発されながらまだ言い張るのか! ドートリシュ公爵家令嬢であれば誤魔化せると思うな!
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
あら、なめられたものね。ドートリシュ公爵令嬢が本気で誤魔化そうとして、証拠が残るとお思い? しかもこんな幼稚なこと。この学園の学生はいつから幼児になったのかしら
 そう言って天鵞絨の絨毯に落ちた一枚を、靴の先で踏みにじった。そしてにこりと笑う。
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
どうしても目を通して欲しいなら、もう一度署名つきで集めてくださる? そうしたらきちんと覚えるわ──一人一人、お名前をね。まさか匿名でなければわたくしみたいな小娘一人糾弾できないなんて、情けないことは仰らないでしょう?
 アイリーンの物言いに、マークスが苛立ちと一緒に吐き捨てる。
マークス・カウエル
それだけ口が回るのに、謝るという選択肢はないのか
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
謝る? ええ、なら謝りましょうか。リリア様。庶民育ちのあなたに、『身分の高い者から声をかけられなければ話しかけてはいけない』という貴族のルールを押しつけようとして申し訳なかったわ。学園祭の劇の演目も、長すぎて台詞を覚えるのが大変だろうと気を回して変えてしまって、ごめんなさい?
マークス・カウエル
アイリーン! リリアを侮辱するのはやめないか
 侮辱されているのはこちらだ。こんな大勢の人間の前で、皇太子本人から婚約破棄を言い渡される。お前はみんなに嫌われているんだぞという、幼稚な告発状まで集めて──アイリーンを皆で笑いものにしようという意図がなければ、こんな展開にはならない。

 だが、顔を真っ赤にして怒るセドリックも拳を握って震えているマークスも、瞳を潤ませているリリアしか目に入っていないのだろう。よくよく見ると、周囲の前面に陣取っている学生達は、攻略キャラやその取り巻きだ。

 この夜会は自由参加だ。わざわざ申し合わせて出席したのだろう。そして教師が席をはずした瞬間を狙って、仕掛けてきた。
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
(なんて小ずるい。──いえ、でもしてやられたのはわたくしね)
 これ以上ここにいても、むなしいだけだ。むなしさを吐き出し、新しい息を吸った。
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
おしゃべりがすぎましたわ。ではそろそろ失礼致します。皆様がお望みだっただろう、泣いてみっともなくすがるわたくしをお見せできなかったことだけが、心苦しいですわ
 最後まで泣くな。いっそ笑え。してやったなどという優越感などかけらも与えるな。

 だから、幕を引くのは自分でなければならない。
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
では、ごきげんよう皆様。セドリック様──お慕いしておりました
 セドリックが虚をつかれたような顔をした。

 だが全てを過去にしたアイリーンは完璧な作法でドレスの裾を持ち上げ、礼をする。そして優雅に踵を返し、シャンデリアの輝きを背に退場した。
 泣くまいと歯を食いしばっているからか、ずきずきとこめかみが痛む。それでもひたすら考え続けた。

 ゲームの展開だと、これから自分は『顔も見たくない』というセドリックの一存で、今の学園から無理矢理退学させられる。なら、その前に自主退学してしまおう。ゲームの終了は学園の卒業式。まだ三ヶ月ほどある。その時間を有効に使わねばならない。

 他にもいくつかイベントがあったはずだ。まだ記憶が混乱しているのか曖昧な部分が多いが、確かアイリーンはこれから公爵家から勘当を言い渡され下町に放り出されたり、自滅の道を歩んでいく。
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
(そうよ。ここが本当にあのゲームの世界なら、泣いてる場合じゃない)
 ──そうして皆が学園を卒業するだろう三ヶ月後、いわゆるエンディングの時、悪役令嬢のアイリーンは死んでいる。
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
冗談じゃないわ
 泣いてなどやらない。諦めもしない。あんな連中の幸福のために、死んでなどやらない。

 考えろ。思い出せ。この状況で何かできることは──そこまで考えてはっと瞠目した。
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
アイリーン・ローレン・ドートリシュ
……敵の敵は味方、って言うものね?
 くすりと赤い口紅を引いた唇だけで笑う。

 その微笑は悪役令嬢そのものだっただろうが、涙はこぼさずにすんだ。