チェスとは面白いゲームである。
戦での争いを盤面で表したものである。
僕が面白いと感じたのはナイトの動きだ。
ナイトは駒を飛び越すことができる。
馬に乗っているだけあって、その特性は興味深いものがあった。
僕は思わず、ナポレオンの絵画を思い出した。
オープニング、いわゆる序盤はできるだけナイトやビショップを中央、あるいは敵陣の近くに配置して支配することがベターとされている。
そのためにはクイーンやキングの前にいる歩兵のポーンを動かす必要がある。
一見、ポーンを動かすことにより、キングの守備が弱くなると思える。しかし、そこにはキャスリングという、キングとルークの配置を交代させる特殊なルールにより、守備を強固にさせる。キングがお城に入ったことを意味する。つまり入城だ。
将棋にもあるようにチェスにも定跡がある。チェスという長い歴史の中で培われた決まった序盤を打つことだ。
それを覚えるのは戦術として越したことはない。しかし、覚えたところで何故そのような動きになるのか理解する必要がある。
定跡には幾重のパターンが存在する。
伊織は僕にチェスのルールを教えてもらったが、戦術に至っては手をさしのべることはなかった。だから、伊織の機嫌が良い時に独り言として、ぶつぶつと呟いているのを耳にしたくらいだ。
ゆるりの店内に入ってから、ホットコーヒーを頼んで、早速、チェスをする流れとなった。
伊織に急かされた。
そうくるなら僕の手番は長考する作戦にしようと思った。大会では時間制限があるらしいのだが、伊織との対局にそれを設けてなかった。
壁掛け時計の秒針がカチカチと音を立てる。
そして、チェスの駒がカツンと盤面に当たる音がする。
僕はやはり緊張していた。
普段クラスで僕以外の人と積極的に話をしない伊織に大切な人がいるという。
それは家族のことだろうか。確か家族は滋賀県に住んでいるとのことだったが、事情を聞いた今ではどうも怪しい。
いまいち、要領が掴めない。
伊織は僕の質問に答えてくれるはずではないのか疑問を掻き立てた。
伊織は手で髪を押さえて言った。
いつになれば、事情を話してくれるのかわからない。
人を信じるところから、僕の伊織に対する絆の深さが始まると思いたい。
伊織は気づいてないが、彼女自身が不安になっている。手が震えていたからだ。
それに手で髪を押さえるクセは何か特別な考えがある時にする。
僕はそれ以上深く追及はしなかった。
これだけは言える。
僕は伊織の話を信じる。
チェスの対局は伊織の圧勝で終局した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。