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第5話

信じることで救われる
チェスとは面白いゲームである。
戦での争いを盤面で表したものである。
僕が面白いと感じたのはナイトの動きだ。
ナイトは駒を飛び越すことができる。
馬に乗っているだけあって、その特性は興味深いものがあった。
僕は思わず、ナポレオンの絵画を思い出した。

オープニング、いわゆる序盤はできるだけナイトやビショップを中央、あるいは敵陣の近くに配置して支配することがベターとされている。
そのためにはクイーンやキングの前にいる歩兵のポーンを動かす必要がある。
一見、ポーンを動かすことにより、キングの守備が弱くなると思える。しかし、そこにはキャスリングという、キングとルークの配置を交代させる特殊なルールにより、守備を強固にさせる。キングがお城に入ったことを意味する。つまり入城だ。
将棋にもあるようにチェスにも定跡がある。チェスという長い歴史の中で培われた決まった序盤を打つことだ。
それを覚えるのは戦術として越したことはない。しかし、覚えたところで何故そのような動きになるのか理解する必要がある。
定跡には幾重のパターンが存在する。
伊織は僕にチェスのルールを教えてもらったが、戦術に至っては手をさしのべることはなかった。だから、伊織の機嫌が良い時に独り言として、ぶつぶつと呟いているのを耳にしたくらいだ。

ゆるりの店内に入ってから、ホットコーヒーを頼んで、早速、チェスをする流れとなった。
松島伊織
松島伊織
チェスをしながら、さっきの話の続きをしましょう。
飯島夏樹
飯島夏樹
考えながら話をするのは難しいな。
大会では私語は厳禁ではないのか?
松島伊織
松島伊織
もちろん厳禁よ。
でもこれは、大会ではないわ。
たしなみの一つとして思えば良いかしら。
ほらほら、私に聞きたいことがあるならゲームが終わるまでね
伊織に急かされた。
そうくるなら僕の手番は長考する作戦にしようと思った。大会では時間制限があるらしいのだが、伊織との対局にそれを設けてなかった。
飯島夏樹
飯島夏樹
聞きたいことは山ほどある。
まず、なんで僕を天文学者の道に勧めようとするんだ?
松島伊織
松島伊織
ある人から言われたの。それはさっき告白した時に言ったわね。もう少し掘り下げると私の大切な人なの。かけがえのない人なの。
飯島夏樹
飯島夏樹
はっきりとは、言えないんだな。
松島伊織
松島伊織
ごめんなさい。
でも、いつか夏樹君にお話できる時が来ると思うわ。
それまで待って欲しい。
壁掛け時計の秒針がカチカチと音を立てる。
そして、チェスの駒がカツンと盤面に当たる音がする。
僕はやはり緊張していた。
普段クラスで僕以外の人と積極的に話をしない伊織に大切な人がいるという。
それは家族のことだろうか。確か家族は滋賀県に住んでいるとのことだったが、事情を聞いた今ではどうも怪しい。
飯島夏樹
飯島夏樹
次の質問をさせて貰うね。
伊織は二百年前の名前は川上咲と言ったね。
確かチェスプレイヤーだったと。
僕の家系は代々天文学者だけど、チェスプレイヤーの川上咲との接点がわからないよ。
松島伊織
松島伊織
それは簡単よ。
私はこうみえてもチェスは強いの
飯島夏樹
飯島夏樹
それは知ってる。フゴットの対局でもう何度奢ったことか。
松島伊織
松島伊織
ふふっ、ごめんなさい。
でも、そういう話ではないの。
そうね、世界規模でチェスプレイヤーとして有名だったのよ。
だから、当時は人間関係が広くてね、あなたとの接点が生まれたの。
それは、当然のことだったのよ。
いまいち、要領が掴めない。
伊織は僕の質問に答えてくれるはずではないのか疑問を掻き立てた。
伊織は手で髪を押さえて言った。
松島伊織
松島伊織
夏樹くん、やっぱりもう少しだけ時間を欲しいの。
でも、これだけは言えることがあるわ
私は夏樹くんを愛してる。心から。
飯島夏樹
飯島夏樹
それを聞いて安心したよ
いつになれば、事情を話してくれるのかわからない。
人を信じるところから、僕の伊織に対する絆の深さが始まると思いたい。
伊織は気づいてないが、彼女自身が不安になっている。手が震えていたからだ。
それに手で髪を押さえるクセは何か特別な考えがある時にする。
僕はそれ以上深く追及はしなかった。
これだけは言える。
僕は伊織の話を信じる。
チェスの対局は伊織の圧勝で終局した。