伊織に聞きたいことが沢山あった。
何故、僕を天文学者の道に勧めようとするのか。
彼女はチェスが強いのは確かだった。
何せ僕との対局で4手で終わらせたことがあった。
彼女は屈託なく笑い、そして言った。
いや違う、僕が弱すぎるだけなのかもしれない。
しかし、それだけではなかった。ある日、伊織の住むアパートへお邪魔したときのことだ。彼女は独り暮らしをしている。両親は滋賀県にいるらしい。
伊織が一人パソコンでチェスをしていた。今の時代はコンピューターと対局できる程だ。僕の知りえる情報では昔、コンピューターがプロのチェスプレイヤーを打ち負かした事があるほど、近年ではチェスソフトの飛躍を遂げている。
そのチェスソフトの名前は『フゴッド』と呼ばれている。英語にすると『Who is GOT?』
文字通り神とは誰だと問いかけている。そのフゴッドに伊織は勝った。
もはや彼女が神かもしれないと思った。
フゴッドに勝てるわけがない。
思わず口に出していた。
身から出た錆とはこのことを言うのだろうか。
彼女は悪魔かもしれない。
しかし、その屋台のラーメンに伊織は三回通った末に飽きてしまったらしく、いつものチェスをするカフェ『ゆるり』でスイーツを奢ることになった。
しかし、フゴッドに勝てたのは確かで驚くべきことだった。伊織いわく
彼女はすました表情で、おくびにもださないでいた。
伊織は確か自分のことを二百年前の人間で、名前は川上咲と言った。チェスプレイヤーということは、もしかすると過去に記録が残されてるのではないかと思った。
そして、彼女は本当に僕のことを好きでいてくれているのだろうか。
どうやって過去から未来へ来たかよりも、そのことが脳裏から離れられない。
一抹の不安感が僕をかすめた。
喫茶、ゆるりへ足を運んでる途中で伊織は尋ねてきた。
思わず敬語になった。
伊織は本当にチェスが好きみたいだ。
どうやら、話をしてくれるみたいだ。
僕はほっと胸を撫で下ろした。ゆるりは歩いて五分とかからないだろう。
そして伊織は僕の右手を握った。
僕は伊織の汗ばむ手を強く握り返した。
どんなことがあっても彼女を離さない。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!